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与太郎文庫
by 与太郎
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■ あまちゅあ・かっぽれ
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あまちゅあ・かっぽれ 阿波 雅敏(K1)
すでに十数年も前の、とりとめのない話ばかりである。
高校生だった私は、さるアマチュアのオーケストラの演奏会にチェロ
奏者としてエキストラ出演した。この楽器にとりくんで、まだ一年ちょ
っと経った段階であったが、奏者の員数をそろえるために、アマチュア
の場合よくあることで、当人の技量など二の次である。そうはいっても、
はじめて譜面を見て、満足に弾けるわけもなく、出演というより出場の
ほうが正しい。「未完成」と、ショパン「ピアノ協奏曲」あたりまでは、
本番にのぞんでもだいたい格好をつけたつもりである。
最後の、ベートーヴェン「第八交響曲」になると、さすがに手に負え
なくなった。とくに終楽章の湧きたつようなテンポにおよんでは、つい
に楽譜を見うしなってしまった。つまり、どのあたりを弾いているのか
判らなくなった。こういう場合、なんとなくそれらしい音型を、平然と
弾きつづける態度が肝要(?)である。もしも途方にくれて、ひと休み
している奏者がいては、指揮者だってやりにくかろう。員数のひとりと
して、せめてその責任だけは果さねばなるまい。
やがて、そのうちに追いつくだろう、という私の楽観は、どんどん進
むにつれ、この分だと最後まで判らずじまいになる不安になりかわった。
私は第三プルトの外側、つまり第五奏者として坐っていたが、わずかの
小休止に、意を決して隣の第六奏者にたずねてみた。彼はページをめく
る仕事を課せられているわけで、おおむねちゃんと弾いているはずだっ
た。
「いま、どのへんでしょうか」
一瞬のあいま、私がささやくと、彼は即座に答えていった。
「実は、ぼくも判らんのです」
あろうことか、彼はそのまま、やっぱり弾きつづけているのである。
しかたなく私も、彼とおなじように弾きつづけ、いつの間にか全曲は果
てた。
ひどい話なので、こうした経験のない人には信じられないかもしれな
い。オーケストラの弦楽器に関するかぎり、弓の方向をそろえることが
先決で、個々の出す音など、アマチュアの場合、概してでたらめである
ことが多い。いつもこんな具合でないにしても、当時、技術水準の底辺
はそんなところだった。
アンコールは、歌劇の間奏曲らしかった。というのは、私に与えられ
た楽譜はボロボロになっていて、タイトルの部分は破れてしまっていた
のである。
演奏会のあと、チェロの首席奏者が帰り仕度をしながら、わめいてい
た。「第八」の第二楽章で彼は、困難にしてはなばなしいアルペジオの
独奏部分を、延々やりとげたはずであった。
「途中でおかしくなってね、わけが判らんようになった。しょうがない
から、ずっとドミソドミソ、レファラレファラばっかり弾いてやった。
ははは」
すでに時効でもあり、罪のないエピソードをもうひとつ。
ハイドンの「軍隊交響曲」は、私の指揮する高校オーケストラのデビ
ュー曲だった。当日、リハーサルの舞台に上った私は、駆りあつめられ
たエキストラの参加で、ふだんの三倍にふくれあがったメンバーを前に
して、すっかり面くらっていた。第二楽章でオーボエの受けつぎが、な
かなかうまくいかない。それというのも、信じられないような安値でつ
い最近買ったばかりの廃物寸前の楽器だからでもある。奏者にしても、
みんな逃げ腰だったのを無理におしつけた事情があって、あまり文句も
いえない。
わずか一小節のことだが、指揮者として万全を期するため、私はヴァ
イオリン奏者を呼んで、ひそかに懇願した。
「オーボエは、ひょっとすると本番では音が出なくなるかもしれない。
そのとき、いちはやく君が代りをつとめるわけだ。なるべく似たような
音色で弾く」
「?」
「いいか、たのんだぜ」
それでも不安にかられていた私は、念のためフルートの第二奏者にも
声をかけておいた。
「オーボエもヴァイオリンも出ない場合は、君がやってくれ。この部分
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11月26日(金)
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