ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 読後の感想を語る会 〜 芥川 竜之介 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19550711
 
〜 芥川 竜之介・作《杜子春/カッパ/くもの糸》 〜
 

 語る人 司会 松浦 和郎
 
(発言順)先生 高島 春江
        古荘 雅巳
        小屋 浩子(図書室) 
        
    卒業生 内村 公義
        河原 満夫
        阿波 雅敏
 
      3C 清水 隆史
      3A 和田 和代史
      3A 松田 忠興
      3B 今村 昌義
      3B 北村 富三郎
      3C 竹内 康
      3C 今井田 豊
      3D 和沢 滋義
      2A 井上 健次
      2B 加藤 英男
      2D 山本 邦彦
 
  速記者 3D 北川 禎三
      3E 宮武 恒夫
      2C 山崎 辰己
      2E 長尾 順之

 
 ◆ 仙人になりたい!
 
司会 ではさっそくですが「杜子春」についての感想をどしどし話し合
   って下さい。
清水 僕は別にひどくうたれたということはない。杜子春と普通の人間
   とは違うと思う。普通の人なら最後に、仙人になりたいと云わな
   いで、又金持にして欲しいと云うと思います。
高島 その事をとり上げて話し合っては……。
竹内 文にも出て来る様に、二度も金持になったのでぜいたくにあきた
   のだと思います。
内村 清水君がいわれました様に、二回も金持になってこんどは仙人に
   なりたくなるのは、人間はある一つの事に満足しないで、その上
   の物を求める、自分を金持にした仙人になりたいと思ったのです。
   これは杜子春の欲望であり、一般の人間の持っている欲望でもあ
   ると思います。
高島 もう一つ上の欲望を求めたのですね。
清水 彼の父母が生きていたら、仙人になりたいという気はおこさなか
   ったと思うのです。杜子春が仙人になりたくなったのは人間が薄
   情であったからで、これは芥川の心の表われで、心から社会を批
   判している。
和田 金持になってもすぐぜいたくをするのは杜子春がしっかりしてい
   ないからです。杜子春に不足していたものを、杜子春が最後に悟
   っています。
 
 ◆ 「お母さん」と云ったこと
 
高島 作者は幸福の要素をどこにおいているかが問題ですね。仙人にな
   るということも一つの要素ですね。
和田 人間はやはり人間らしい生活をすることが一番幸福ではないでし
   ょうか。仙人になることでもなく。
司会 では作品の中心になる所について、先ず中心はどこにあると思わ
   れますか。
加藤 それは「お母さん」と呼ぶ所と思う。
和田 僕は最後に杜子春が「何になっても人間らしい生活をする」とい
   う所であると思います。
北村 僕もそう思います。
和沢 僕は中心が二つあると思います。その一つは母の愛情、もう一つ
   は幸福の要素と人間の生活。
今井田 僕は地獄の所と最後のところ。
竹内 杜子春が幸福を求めて仙人になろうとしたがなれず、最後に人間
   らしい正直な生活をするのが大切だと感じる所。
司会 他に何か中心問題について。
竹内 人間らしい生活ということは、正直な生活であるが、前の方を読
   んでも何も杜子春が不正直であったとは書いてないが……。
阿波 人間らしさは、正直の他に愛情がある。愛情にはいろいろな意味
   がある。
竹内 僕もそう思う。父母の言で仙人になろうと思う気持を改め人間ら
   しい生活をしようとするようになった。
高島 話を聞いていると母の愛情によって杜子春の心の目がさめた。杜
   子春のエゴイズム(たとえば金持になっての支配、仙人による権
   力を求める)が、「お母さん」と呼ぶクライマックスで、愛情に
   よって目醒めたのですね。
清水 人間はどたん場に来れば本当のことを云ってしまう。「お母さん」

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07月11日(月)
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