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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 名人芸/発禁始末
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19550605
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名人芸
高校では、新聞部やホザナ・コーラス、さらに文芸部から勧誘された
が、どれも気がすすまなかった。新聞部については、すでに中学時代に
興味が尽きていたこともあり、上級生の勧誘も熱意が感じられなかった。
ホザナ・コーラスの指揮者、中堀愛作(美術)教諭に「合唱コンクール
のキミはすばらしかった、ぜひ聖歌隊で活躍してもらいたい」とおだて
られ、きれいな女の子も少なくないから心が動く。しかし、どうせなら
男声合唱団(枯木コーラスは失敗したが)を結成して、ふたたび指揮台
に立つ野望もある。その場合、ホザナ・コーラスの現役数人をひっぱり
こむことになるので、態度を保留しておく。
文芸部は、中学の内藤季雄(国語)教頭の強い推薦があったらしく、
数人の上級生が入れかわり説得にあらわれた。それぞれ秀才らしいが、
いまひとつ地味で活力がない。しかし、彼らはあきらめなかった。
鎌尾武男(美術)教諭の推挙によって、掲載号の表紙も描かせると
いう条件に加えて、岡谷清子(現代文)教諭を通じて原稿を依頼する
という両面作戦をひねり出したのである。
与太郎は、職員室に呼びつけられた。
「アンタなら、入学の感想文くらい、すぐ書けるでしょ」
「すぐには書けません、なにしろ名人芸ですから」
「フン、名人芸ネ。読むのが楽しみやネ」
与太郎の思いあがりは、たやすく岡谷先生の手玉にとられていた。今
まで誰も書かなかったテーマとスタイルを開発しなければならない。
通学電車を待っていると、向い側のプラットホームから、中堀先生が
なにごとか叫んでいる。両手をメガホンにしているが、聞きとれない。
「なんですか?」与太郎の方から近づくにも、電車の時間が迫っている。
とつぜん先生は、プラットホームから線路に向って身を投げる。だが
何といっても御老体であるから、もんどりうって転んでしまった。
まわりの生徒たちが助けおこしているところへ、与太郎も馳せつける。
「ダイジョーブ、大丈夫」先生は、元気に起きあがって与太郎に伝えた。
「キミの、《山脈》の表紙はすばらしかった」(なんだ、そんなことか)
「あれは、写生したのかね、それとも想像で描いたものかね」
「夜中に、描いたんですけど」
「そうか、たいへんよく描けていたので、ひとこと誉めようと思ってね」
先生の意図は他にあるにちがいないが、ともかく絶賛された。
しかるにこの掲載号は、表紙の題字が無断で差しかえられ、編集後記
も勝手に改竄されている。三年生・狩野光市君の独断らしいが、本文は
無傷だったので黙殺することにした。もともと招待作家の気分である。
与太郎は、抵抗のポーズとして、ひそかに断筆し、卒業までの七号分、
表紙と後記だけを担当した。そして最後の論文《予算会議の反省》は、
学校新聞に寄稿している。 (Day'19870506-19981209-20000714)
06月05日(日)
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