ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ Ecce Homo 〜 我等は主の子供等よ 〜
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Ecce Homo 〜 我等は主の子供等よ 〜
…… ラテン語の Ecce Homo で、エッチェ・ホモとも読まれるが、
「見よ、この人を」の意味である。これはキリストが捕縛され、ピラト
の裁判にわたされ、兵士からさんざん鞭打たれた後に、茨の冠と赤い色
のマントを着せられて群集の前に引き出された時、ピラトは群集に向か
って「見よ、この人を!」といった。このことばは深い意味と感動を呼
ぶことばとして、ふるくから美術作品、文芸作品の題名に用いられてい
る。ニーチェの同名の著作がもっとも有名。
── 《故事名言・由来・ことわざ総解説 19770910 自由国民社》P392
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最後のキャンプファイアー 1A 森 昌子
七月二十五日、この日はいつもより風の強い夜でありました。私たち
は、目の前に由良川の河口をひかえた砂浜に黙々と暮ゆく大自然の力を
感じながら静かに座り、これから行われようとしている最後のキャンプ
ファイアーをむかえました。(略)
もう一人同大の神学生が、もう一つ、昔ローマであったお話をして下
さった。冬のことである。キリスト教徒を迫害する皇帝からある部隊の
兵隊のうちキリストを信じているものは、裸にして凍りついた湖のまわ
りを走らせ、殺してしまえという命令がきた。隊長はこの命令には反対
であったが、皇帝の命令なので、やむをえず調査した。ところがキリス
ト信者は意外に多く、百人の中四十人もあり隊長をびっくりさせた。し
かもそれは隊長の最も信頼する立派な兵隊ばかりであった。隊長は「心
のなかで信じててもよいから、口では信じないといってくれ」と頼みま
した。しかし、兵士たちは自分をいつわることができません。「私はキ
リストを信じます」と最後まで、しかも最初よりも次第に強く強く声を
そろえていいました。
(ほんとうにこの人たちはもう死は目の前までせまっているのに、死ぬ
までイエス様のおそばにいたいと考えているのであろうか。このように
死ぬまで仕えるということはほんとうにむづかしく、ともすれば、不幸
な目に会うと、もう神様は私をみはなしてしまったんだ、という心が起
るのが普通である)やがてその四十人はいさぎよく服を脱ぎ雪が何米と
積っている道を「我らは主の子供らよ、みわざはげみ進み行く」だんだ
ん声が小さくなって行く「イエス様今日も……」もうメロディーも歌詞
も聞えなくなり、うすら寒いちんもくに帰った。隊長は涙を流し、手を
あわして今まで神を信じなかったのに神様彼等をお守り下さいと一心に
祈りました。彼等が歌を歌っている間にも、きっと一、二人と露のよう
に消えさり、もうその人のたましいは天国のイエス様の所に付いている
であろう。そのとき「トントン」けたたましく戸をたたく音が聞こえ一
人の兵隊が「服をくれ、キリストを信じないから」ところげるように入
ってきた。隊長はそれを見て非常に残念に思い「せっかく四十人そろっ
て出ていったのに、遂に一人欠けたか、よし私が代りに行く」といって
服をぬぎすて裸になって走り出し、前の人においつこうとして遂に皆帰
らぬ人となってしまった。(略)
私たちも今から本当に心を入れかえてキリストのためにこの四十人の
兵士に続く人になろうと皆立ち上がり手に手をとって消えようとする火
を囲んで心の底から歌いました。
我等は主の子供等よ
みわざはげみ 進み行く
イエス様今日もともにまし
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07月25日(日)
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