ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 併存 〜 徳富家の人々 〜
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硬質の自己主張と柔軟な適応姿勢の併存 杉井 六郎
蘇峰徳富猪一郎は文久三年一月二十五日(一八六三・三・一四)の生
まれである。明治五年(一八七二)八月、満九歳五ケ月で熊本洋学校に
入ったが、九月、年少のため退学をいいつかり、八年九月、再びこの学
校に入学する。
当年の初級英語読本 ( Mc Guffey's New Juvenile Speaker ) に残さ
れている“ Tokutomi Iyichiro”の署名は、彼のローマ字綴りのそれを
見る早い例の一つであろう。こえて九年一月、この学校生徒のキリスト
教奉教の結盟に加わって「花岡山奉教趣意書」に署名した。彼はかしこ
まって「悳冨豬弐●」と記した。この五字はすべて、それぞれの原義か
古字、あるいは家の慣用に従って書かれている。この二つの署名は、い
まに残されている当年の猪一郎自らが表白する一等の記録である。そこ
には年わかい猪一郎の、二つの西欧文物に対する、文化形成にかかわる
極めて注目すべき「原型」が示されていると考えられる。それは硬質の
自己主張と柔軟な適応姿勢の併存といえよう。
このような彼における「原質」というべきか「原型」の形成について
『蘇峰自伝』は次のように述懐している。
予は何時頃から読書を始たか覚えてゐない。併し最初は唐詩を習っ
たやうだ。それは母の膝の上にて、「月落鳥啼霜満天」の外、少し長
きものでは、謝畳山の「雪中松柏愈青青」といふ小詩抔(中略)それ
から追々『大学』、『論語』等は母から教はったやうである。
父は概して諸方に往来し(中略)種々の用務を帯びて奔走してゐた
が、併したまたま家にあって読書等してゐる時には、予もその傍にて
聴いてゐたことがある。父はその時はよく日本外史を読んでゐた(中
略)父の読むのを聴いてゐれば、少し解ったやうな気持もした。
予の家には横井小楠先生の二姪がアメリカより送り来りたるワシン
トンとナポレオンの肖像があった。それで予が外国人の名を知り、且
つその人を知ったのは、この両人が始である。
吾家には『武王軍談』、『呉越軍談』、『漢楚軍談』等の支那の通
俗ものがあり、予はいつの間にかそれを読み習って、一通りの簡略な
る知識はそれで得た。併しそれ等よりも予の最も好きは三国史であっ
た。
予が読書の力は漸次ついて来た。『四書』、『五経』は固より『左
伝』、『史記』、『歴史網鑑』、『国史略』、『日本外史』、『八家
文』なども読み、『通鑑綱目』等も親類の横井家から借用して読んだ。
この度の蘇峰著作九巻の、その泉源を尋ね、改めてその奔流の勢い、
潜勢を知り、あわせて、そのひろがるところを逐い求めたい思念から、
彼の冊子を披繙するはじめをたどってみた。
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── 杉井 六郎・監修《蘇峰書物随筆・全十巻 199303‥ ゆまに書房》
11月29日(日)
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