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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 高砂くずし
求められるかもしれないので、《旧・讃美歌》を探しだし、(このころ
書棚にあったから、失ったのは1999年末だったか?)譜面をたどって、
ふたたび歌ってみた。伴奏がないので、いささかやりにくいが「日本の
音曲は、朝鮮雅楽がもとになっている」というような口上で、座をとり
もつ予定だった。わざわざ新幹線の中でも反芻練習したにもかかわらず、
ついに所望されず、このアイデアは実現しなかった。彼らは《アリラン》
が始まると、他の文化を受けつけなくなるらしい。
 
 以上は、谷本先生のホームページ《謡曲について》を読んで、思いだ
したことである。理科教室の谷本先生が謡曲をたしなまれていたことを、
この機会に有賀や木下にも知らせてやりたい。
 残暑きびしい折に電話で、うろおぼえの《讃美歌版・高砂》を謡った
ところ話がはずんで、《旧・讃美歌》の楽譜コピーが送られてきた。
 あれれ、いささか記憶とずれている(?) よく検分してから、もう
いちど(楽譜に忠実に)歌わなくては……。
(Day'20020407-0905)
 
 古い賛美歌 〜 いま考えていること 110(2002年9月) 〜 谷本 岩夫
── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/index.html
 
■2002/09/05 (木) 有賀 誠一 君へ
 
 昨年の君の手紙は、ほんとうに懐かしかった。
 姉上からも丁重な返信をもらった(もちろん礼状を出した)。
 いっぺんに十数人の恩師・旧友から手紙をもらったので、なかなか
返事を書けないでいる。
 カンヌの若林通夫君からの手紙も、ぜひ公開したいほどだ。
木下聖治君は(手をぬいて)電話をくれた。
 去年のテロ直後、ゴリ・バンバ、タケウチ(大)と京都で会食した。
さらに十一月勤労感謝の日には、本宮先生を訪問して、約六時間歓談
した。これらの記録は、もっとくわしい手紙とともに、“委細後日”
 
 谷本 岩夫 先生のホームページ
── http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/index.html 
を読んで、ぜひ、メールを送られたし!。
 
 木下 聖治 君へ
 
(〒ほぼ同文)同封《71歳のキャッシュ/ろくなやつなし/楽譜コピー》
 Day'20020827 May'20020826
 
■2002/09/10 (*) カナダより
 
From: ariga [*]
Sent: Tuesday, September 10, 2002 8:10 AM
To: Awa Library
Subject: Re: 高砂三題 〜 枯木コーラス 〜
 
 阿波君、
 メールをありがとう。ちょうど新学年が始まったばかりだったので、
返事を書くのが遅れてしまった。
 貴君の記憶の良さには頭が下がる。枯木コーラスのことなど、僕はす
っかり忘れていた。そういえば、大原の三千院に行ったときに(たぬき
と三人だったか、日笠さんという女子大生がも一緒だったか忘れたが)、
そこにあった古い梅の木をみて、「これは枯れ木ならぬ、うめきではな
いか。それならおれたちも、うめきコーラスと改名しようか」と駄洒落
を言いながら、その写真を撮ったことを今思い出した。あの時代はたし
かに懐かしい。
 貴君には連絡が行かなかったと思うが、去る 5月25日が父の没後25年
にあたっていたので、久しぶりに日本へ帰り、丸田町教会での追悼会と
日曜礼拝に出席した。木下の他に、思いがけない人たちが日曜礼拝に来
てくれた(中東偕子、遊津寿子、阿部道子)。たぬきには工学部卒業40
年の同級会にも来てくれた。今回貴君に会えなかったのは残念だが、ま
たそのうちに機会が訪れるだろうと楽観している。
 谷本先生のホームページは一寸目を通してみたが、一々読んでいる時
間はないので、まだメールは送っていない。さて、いつになるか。
 若林通夫君がカンヌに居るとは知らなかった。かれは25年前にカナダ
のエドモントン交響楽団に居たことがあるが、そのときはたった一日違
いで会うチャンスを逸してしまった。僕はこのところ毎年フランスとド
イツに行っている。去年はカンヌにも立ち寄ったし、また来年も立ち寄
るかもしれない。連絡をとりたいので、彼のアドレスを教えてほしい。

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09月01日(日)
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