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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 華ときものと私 〜 池坊家の人々 〜
でも、顔を見ただけで何もいわなくても、母と娘のあいだに、通いあ
うものがあるんです。
『京都でこんなことがあったのよ、こんな嬉しいこともあったのよ、苦
しいこともあったのよ』そんなことをいう必要がなくなってしまうんで
す。
黙って坐って、
「どう、元気? お茶でも喫む?」
そういってお茶を入れてくれる行為の中には『元気でおやりなさいね、
いやなことがあっても、がんばるのよ』という無言のはげましがあるわ
けです。
一服のお茶を喫むことは、おたがいの気持を察しあう心で、ことばに
しなくても了解が成りたつのです。この心を大切にしなければ、と私は
思います。
母の入れてくれたお茶を飲んだだけで、心が安らいで、何もいわなく
てもよくなるのです。
■ 母と子の会話
子供に『勉強しなさい』といっても、“また母さん、あんなこと言っ
てる、うるさいな”と子供は思ってしまいます。そのかわりに「がんばっ
てね」といって勉強机の上に一輪の花を置いておくと、子供は、花を見
るたびに“母さんポクに勉強してほしいと願ってるんだな”と、思うか
もしれません。
そこに、どんな言葉でもあらわせない心と心の通いあいが生れます。
私ども日本人の母と子の会話は、一日平均して三分なんですって(そ
んなことをいって、皆さん思われるでしょうね)。
でも、子供が帰ってきて、
「お帰りなさい、早くしなさい、テレビを消しなさい、あとかたずけし
なさい、ご飯ですからいらっしゃい」というのは会話ではないんです。
「きょう学校で、こんなことがあったよ」
「そう、それでどうしたの」
「ポクはこう思う」
「母さんは、こう思うわ」
こういう意見の交換があって、はじめて会話といえます。
私の両親は、明治の人ですから、子供にあれこれいうようなことは、
ございませんでした。五人きょうだいでしたからたいへんだったと思い
ます。
母は、私の小学校へは、入学式と卒業式にしか来てくれませんでした。
参観日なんていいますと、
「わたしは大きらい、わたしが頑張ったところで、あなたができるわけ
じゃない、あなたが頑張ってるあいだ、家でおいしいもの作ってたほう
がいいわ」
私たち母子は、たがいに言葉に出しての会話は、あまりなかったので
すけれど、母の生きてる姿から、私はいろんなことを学んできた、と思
います。
たとえば、ほんとうに強い、ということはどういうことなのか、自己
主張することが強いことでなくて、困難なことに出あったときに、静か
に受けとめて対処していく、あるいは、ほんとうの優しさとは何か、そ
ういうことを無言のうちに母から学びとってきたつもりです。
先日、私の娘の小学校へ参観日に行ってまいりました。
「いいわね、間違ってもいいから、たくさん手をあげてね」なんて、娘
に頼んだりいたしました。近ごろの母親はとても教育熱心で、子供のこ
とをかまうんですけれども、肝心なところを忘れてしまっているので、
心の通いあいというものが、とかく薄れているように思います。
■ 三つのたしなみ
私は、ふたりの娘の母であると同時に、たよりない学園長をいたして
おります
若い、たくさんのお嬢さまに囲まれているんですけれど、若いみなさん
に対して、いつも三つのことをお話しています。
そのひとつは、どんなお部屋に住んでいても、一輪の花を絶やさない
人であってほしい、ということです。
お花は生きております。いつか枯れるときがあり、枯れるからこそ、
少しでも花の命を永くしたいので、お水を代えてあげる。あるいは寒暖
の差のすくない処へ配置がえする──そういう心くぼりが心安なんです。
造花もドライフラワーも可愛いいものですが、ホンコンフラワーがほ
こりを被ったまま、いつまでも机の上に置いてある、というのではなく
て、一輪の花を活ける、そういう人になってほしいと思います。
ペーパーフラワーなら、すぐできて、枯れないし、水を代えなくても
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02月17日(金)
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