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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 同窓会始末
があったのですが、あまたの例にならっての京都時間、きっかり三十分
くりさげて、二三のハプニングおりまぜての二時間、まずは左記のごと
く進行いたしました。
個々における臨機応変、くわしくは録音テープに収められているとお
りです。
■ 第三の女性
あまり上品でない芸能界用語で“不見転”というのがあります。
司会の大橋高子嬢の起用に関するかぎり、日ましに人気上昇という成
功をみました。
そもそも彼女は、同志社とは縁もゆかりもないフリーのアナウンサー
で、当日までだれひとり、世話役といえども面識がなかったのです(も
っとも、テレビなどでご存知の方はあったはずですが)。幸運なことに、
私だけが某広告代理店の紹介で、いくたびか彼女に電話の打ちあわせを
していたため、後日におよんでからも、彼女を個人的に紹介せよ、とか
彼女とメシを食わせろ、などという熱心な申し出が続き、幹事たるもの
アフター・サーヴィスに、電話番号を教えるくらいは任務かと思われま
す。
■ 高校三年生
BGMというものが、心理的にどのような影響力を秘めているのか、
くわしいことは判りかねますが、当初いくつかのプランの中で“ナツメ
ロ・メドレー”というのがありました。われわれの中学・高校時代に流
行した曲をつづるわけです。
たしか《高校三年生》という流行歌があったはず、と調べてみれば、
五年ばかり後の年で、そんならつまらない、と引っこめた次第です。
そこで、むしろ当時にはなかった音楽、ということから、一連の和製
フォーク・ソングに焦点を定めマイナー・レーベルのPEP盤《ヴァイ
キング・シリーズVol.1&2》を、そのまま流すことにしました。
出演バンドも、このレコードに吹きこんでいる、兄弟のグループ《羊
の唄》を起用しました。その打ちあわせで、兄の池内勝司君が同志社大
学出身と知ったものの、それよりも私は、もっぱら前夜あみだした脚色
プランに熱心で、
「ギターのアルペジオが、どこからともなく聴えてくる……やがてフ
ルートのソロが、ハスキーに旋律をかなではじめ、よくよく聴けば《同
志社カレッジ・ソング》だったとしよう……口笛が飛びかい、拍手が鳴
るだろう……客席には、かつての生徒会長であり応援団々長の岸田貞義
君がいるはずだ……みんなが彼をステージへ引っぱりあげる……そして
大合唱に至るや、場内は興奮のルツボと化す……」
私のラッパに対して、池内君はあまり気のりしない表情で、
「せいぜい、キバッてみます」といって帰りました。なにごとにつけ
演出過剰となればシラけるか、ヤボになりましょう。いくつかの事情が
転じて、結果は例によって例のごとし。めでたし、めでたし……。
■ 誰何の宴
「さあ、おわったぞ」
「まだ、おわってないと思うが」
「タマひろいが、残ってる」
二次会の席では、某発起人に、
「赤字が出たか」と心配され、
「カタテ、ぐらいかな」とあてずっぽうを答えれば、「どうする」
「どうしようか」これといった妙案も浮ばず、むやみに腹の空いている
のに気づいたころ、某々発起人が、
「ごくろう、ボクの席でいっぱいどうか」
「ありがとう、おごってくれるなら、メシのほうが、ありがたいが」
「ボクも、腹ペコでな」
「わかった、ごちそうになろう」ビールの立ちのみだったのが、腰を
すえてのウィスキーにかわり、ふたたび、
「赤字が出たか」
「カタテとちょっと、ぐらいかな」
「どうする」
「一軒泣かせるか」
「そのときは、応援しよう」
一・二次会では顔のみえなかった今村捷次君が、三次会にあらわれて、
私の隣に腰をおろすなり、
「今夜がおわったら、何をはじめるか」
「オレか、商売のほうもやらんとね」
「こんどの同窓会には、中沢博司を一枚加えたかったな」
「ヤツは、先刻ベトナムから祝電を打ってきてたぜ」すると、だれかが、
「あの祝電は、ありゃウソだ。ベトナムのヤツが、同窓会のことなん
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01月15日(金)
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