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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 伊福部 昭 at 鳥取 〜 19140531-20060208 〜
伊福部は「わたくしはああいう歌はダメです」といって音楽担当を辞退
したという[100]。『ゴジラvsモスラ』で「モスラの歌」(古関裕而作
曲)をアレンジした際は、宗教的なバックハーモニーを取り入れている
[4]。

 伊福部は東宝作品の音楽を数多く手がけたが、黒澤明作品は、『静か
なる決闘』1作のみである[101]。映像と音楽の弁証法的な融合を目指し
た黒澤にとって、伊福部の訴求力・完結性の高い音楽は相容れないもの
であったと考えられる[101]。伊福部自身も、黒澤作品における音楽の
付けにくさについては後に証言している[102]。だが、音楽にも造詣の
深い黒澤は、作曲家としての伊福部の能力を非常に高く評価しており、
『静かなる決闘』における土俗的な音楽についても一定の評価をしてい
た[101]。また、伊福部の映画音楽デビュー作『銀嶺の果て』(谷口千
吉監督)は、黒澤が脚本を手がけ、製作にも関わっていたが、あるシー
ンに入れる音楽のことで伊福部と監督の谷口が対立した際、黒澤は全面
的に伊福部を支持している[101]。この時は結局伊福部の主張が通った
形となったが、出来上がった音楽は谷口をも十分納得させるものであっ
た[101]。

 書籍『東宝特撮映画全史』での寄稿「特撮映画の音楽」で[27]、特撮
映画の音楽について感ずることとして、

 一般映画においては納得しがたい観念的な芸術論に悩まされることが
多いが、特撮映画ではこれはほぼ皆無である
ドラマツルギーに支配されすぎると、音楽は自律性を失いスポイルされ
るものだが、特撮映画にはその危険性はなく伸び伸びと作曲ができる

 音楽は本来、音楽以外表現できないものだが、スクリーンの映像と結
合すると「効用音楽」として不思議な効果を生む
と述べ、「音楽としての自立性を失わずに、こういった効果を万全に利
用できるのが特撮映画音楽の特質の一つである」と結論付けている[27]
[6]。同時に「今日、テクノロジイが発達しすぎたためか、映像も音楽
も無機質に流れ人間性から離れる傾向があり、今一度本来の人間性にた
ちかえった特撮映画の復活を望む」と締めくくっている[27]。その後の
インタビューでは、作り物である特撮が生きているような感じを与える
ことが自身が特撮を作曲する際の心構えであるといい、普通の楽曲では
作り物に見えてしまうと語っている[1]。

 伊福部の特撮映画の作品別全長版サウンド・トラックのレコードは19
80年代まで長らく発売されなかったが、これも「映画音楽は、映像と合
わさって効果を生むものなので、一般音楽とは違うもの」との考えから
許可を出さなかったものと述べている[要出典]。

 自身が担当していなかった時期のゴジラシリーズについては、作品が
コミック的になっていったため自身の作風ではイメージを表現しづらい
との考えから引き受けなかったと述べている[5]。また、『ゴジラvsキ
ングギドラ』以前に2度ゴジラ映画のオファーがあったが、体調不良を
理由に断っている[1]。

 平成に入ってからの映画音楽では、船や汽車での別れのシーンで静か
な音楽をつけていたものが、速い鉄道や飛行場ではあわず、自動車では
カーラジオの音楽を流すのが主流になるなど、時代の変化とともに映画
音楽の扱いも変わってきたと述べている[103]。一方で、平成ゴジラシ
リーズでは観客の世代が異なっていても子供の反応は変わらず、親世代
は懐かしがるため、世代間のギャップは少なく、作曲にあたって新しい
手法は取り入れなかったと述べている[103]。『vsキングギドラ』では、
未来人の音楽に電子音を用いることも検討したが、最終的にはアコース
ティックな楽曲とした[1][104]。同シリーズでは完全な新曲は少ない[3
8][104]。『ゴジラvsモスラ』では、伊福部はゴジラに新曲をつけるこ
とを提案したが、従来の曲を使用することを要望されたと述懐している
[4]。

 誕生日とラヴェルの逸話
誕生日は5月31日であるが、戸籍上は3月5日となっている[105]。これは、

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05月31日(日)
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