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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 良薬は口に苦し 〜 Good medicine suffers from mouth 〜
し多くの人々を殺して、未曽有の損害や苦痛を与えたこと、一部の政治
家を除き、多くの日本人は心から謝罪しております。悔いております。」
と述べたのです。すると私の前に座っている女子大学院生などが、涙を
流して聞いているのを目にしたのです。彼女たちはみんな、南京の地に
生まれてきたのですから・・・
 紀念館へ行くとき、若い通訳の大学院生が、「これまで私は、日本人
に対して、反感とともに複雑なものをいつも感じていました。それは戦
争中の南京での多くの虐殺のことでしたが、しかしこうやって戦争を体
験していない日本人のあなた方が南京までやって来て謝罪する真摯な態
度に接して大きく心を動かされました。南京を思って下さるだけで十分
です。あなたが謝罪の言葉をしゃべっている間、見てください。私を含
めて参加者の多くの学生たちは目に涙を浮かべて聞いていたのです。」
と語ったことは決して忘れられない思い出となりました。
 彼はきっぱりとした口調で言いました。「私たちは日本人を許してい
ます。でもこうした残虐な戦争があったことは決して忘れません。ある
とき、日本の政治家が、南京にやって来て言いました。
「もう残虐な戦争のことはきっぱりと忘れてください。未来が大切なの
です」と、これには南京市の誰も彼も怒りました。
 戦争責任については、どこの国でも、国家謝罪を基にして国家補償が
必要なわけですが、日本は、中国へも韓国へも ドイツのような誠実な
補償も謝罪も十分に行っていません。従軍慰安婦問題でも全くそうです。
 
 南京では、虐殺した人数が、中国側と大いに異なると言って、それを
口実に大量の人を殺したこと自体まで否定する動きがあるぐらいですか
ら・・・国家がきちんと謝罪しない責任が、個々の民間の日本人に押し
寄せてきていると思うわけです。
 日本人は、個人でも歴史に対しては、誠実でないといけませんね。幸
か不幸か、私はこうした状況に立つときには、戦後世代として戦前の責
任を誠実に負っていく必要性を痛感した南京でのワークショップでした。
「踏まれたことのない人間には、踏まれた人の痛さはわからないのです。」
 
 from Ariga, Seiichi
 Beverly Brazier She Her Thank you for your ongoing encouragement.
(ビバリー・ブレイジャー彼女彼女継続的な励ましに感謝します。)
 
〔〕
 
 南京大虐殺の非武装民の斬殺は、十万とも二十万とも伝えられた。
 軍刀は、一人斬っただけでも血塗られるので“千人斬り”は不可能だ。
 
 かたや東京大空襲は、B29爆撃機が到来して、女子供が逃げまどう。
 すぐには何もせず、いったん上空を駆けぬけ、安堵した女子供が、
防空後から出てきたところを、ふたたび爆撃機が戻ってきて石油を撒く。
 
 東京だけでなく、全国各地で女こどもが殺された。
 膝を曲げたり、悶え苦しむポーズのまま、焼け焦げた死体が残った。
 ただし、このような写真は、敗戦後すぐには公表されなかった。
 
 終戦の年に国民学校一年生だった与太郎も、まったく空襲のない京都
で、防空頭巾をかぶり、座布団を背負って通学し、避難訓練を経験した。
 こども心にも、屈辱的だった(聴覚訓練の記憶はない)。
 
 十字屋の創業70年記念誌を編するに当って、この写真を発見した。
 作者も出版社も分らないが、敗戦を象徴する絵柄として掲載した。
 
── 《子どもたちの昭和史 〜 写真集 19840628-0910 大月書店》19801‥
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4272620029
 
 当時アマチュァ・カメラマンだった金谷先生が著作権を危惧されたが
すでにNHKで契約カメラマンを経験した与太郎は、躊躇しなかった。
 この写真で、いったい誰が著作権を主張できるのか、と確信した。
 
 少なくとも、撮影者の名は公表されていない。出版社も、写された子
や遺族の許可を得ていないのだ。与太郎は、つい数年前も、無許可転載
を咎められ、二十年間、三千日のブログを強制非公開に制裁された。
 

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06月25日(土)
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