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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 幻の弦楽技法 〜 失われた本をもとめて 〜
「少々お待ちくださいませ」(彼もエラクなったもんだ)
前回の電話はムダ話ばかりだったので、今回やや簡略に口上を述べる。
ところが、その彼も、そんな本は知らないという。
「キミが知らないということは、日本中で誰ひとり知らないことになる
ぞ!(ぼくを除いては)」
「そんなことはないやろ、ガチガチの物識りは、あんがい方々に居るで」
「この本を知っていそうなのは誰か、教えてくれんか」
「岩手の古本屋に一人いるが、その彼も知らんやろな」
「するとぼくは絶望すべきか。もしこの本が実在しなかったら、ぼくの
幻だというのか」
「カナダ発信のインターネットで、相当くわしいページがあるらしい」
「たとえば、キミの本でも載っているのか、いやこれは失礼かな」
「まさか、オレの本まで載っとらんやろが、漢字の本でも研究的文献は
網羅しているらしい」
「しかし何だね、出版社はともかくとして、図書館などもともとは商売
じゃないのに、蔵書以外の情報にはトンと無関心なのはけしからんね」
「それが現実やろな」
「しかし何だね……。(以下、ひとりごと)
コンピューターだインターネットだのと騒いでいるが、結局じぶんの
所有物しか目に入らないのは困ったものだ。かつて、ぼくの描いていた
未来図書館のイメージは“蔵書をもたない図書館”だったのだ。
どこに在るか、誰が持っているかを知ることのほうが、現物を扱うこ
とよりも有益なのだ。いまでいう情報の管理と機能である。
結局、ぼくの存命中には理解されないだろうが……」
「ところで、もしキミが本気でこの本を探すとすれば、どうするかね」
「ボクの信念は、とことん探しあるく。日本中の古本屋を徹底的に歩く」
「カナダはどうした?」
「そこまでは行かん」
「しかし、キミが数枚の原稿を書いている途中、ひょいと調べたい本が
あれば、いくらもらうか知らんがそれでも北海道まで歩いていくのか?」
「依頼原稿は別や。本気で読みたいと思ったら岩手県まで出かけていく」
「すると、依頼原稿のときは調べもしないで適当に書く、というわけか」
「そうや、ワリきって書く!」
「なるほど二刀流か、かくしてセンセイに成りあがることができたんだ」
「そらま、そんなとこや。ワッハッハ」
「ま、結果は、そのうち手紙でも書こう」といって電話を切った。
── 《幻の弦楽技法 〜 出谷 啓君への電話 〜 19990630 Awa Library》
06月14日(月)
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