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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 生地(せいち・きじ)
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■2002/12/10 (火) 人間講座
戦場から届いた手紙 辺見 じゅん
厳冬のシベリアで、南太平洋の島の密林で、傷つき倒れた無名兵士た
ち。彼らが家族や愛しい人々に向けて書いた遺書、手紙、日記をひもと
き、戦争とは何かを探り、込められた次世代へのメッセージを読み解く。
第2回 最愛の妻へ
辺見じゅんさんが太平洋戦争で戦死した無名の兵士たちの遺書を読み
とり、次世代へのメッセージを伝える8回シリーズ。その第2回は、3人
の兵士が戦場から妻に送った手紙と遺書を取りあげます。
37才で硫黄島で玉砕した山根幸吉さんは、妻にしか分からない暗号で
死地を伝えました。
3年9ヵ月の戦地生活の間に200通をこえる手紙を妻に書き送った山岸
正三さん。
北原百次郎さんは、軍の検閲を受けることに心憶することなく妻への
愛情表現に満ちた手紙を遺して、西太平洋の小島で逝った。
3人の妻たちは、夫の遺書と手紙を支えとして、戦後という妻たちに
とっての戦場を生きぬいた。
■講師紹介:Henmi Jun 歌人・作家 1939年生
富山県生まれ。早稲田大学文学部卒業。1975年、『呪われたシルクロ
ード』で作家としてデビュー。昭和史、民話・民俗、スポーツをテーマ
にしたドキュメントを数多く手がけ、『男たちの大和』で第3回新田次
郎文学賞、『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』で第11回講談社ノンフ
ィクション賞および第21回大宅壮一ノンフィクション賞、『夢、未だ盡
きず』でミズノスポーツライター賞を受賞。また歌人として『雪の座』
『水祭りの桟橋』『闇の祝祭』(第12回現代短歌女流賞受賞)を上梓し
ている。
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♀ 辺見 じゅん 角川 源義の長女/春樹の姉 作家/短歌 19390726 富山
本名・清水真弓。1964年、本名で小説『花冷え』を刊行したが、後に
現在の名前に落ち着く。
── 《2002/12月9日午後11:00〜11:30 放送 12月10日・1月11日(再)
再放送:火曜日午後3:30〜4:00 再々放送:翌月土曜日午前1:15〜1:45 NHK教育》
http://www.nhk.or.jp/ningenkoza/index.html
■2002/12/10 (火) ドアマン
田中さん、スウェーデン紙の「受賞批判」記事に反論
2002 年 12月 10日【ストックホルム9日=増田弘治】
スウェーデン最大の日刊紙「ドーゲンス・ニーヘッテル紙」が8日付
の紙面で、島津製作所フェロー田中耕一さん(43)のノーベル化学賞
受賞に抗議する動きが欧米で起きていると報じた。田中さんは9日夜、
ストックホルム市内であった記者会見で「質量分析装置『MALDI』
の開発では一番の功労者は他にいるが、賞は装置の開発に与えられるの
ではないようだ。最初にレーザーで分子量1万を超えるような生体高分
子を測定したのが私たちだったことは間違いない」と反論した。
記事は、MALDI開発で世界的に有名なドイツ・ミュンスター大の
ヒレンカンプ教授が同賞を受賞すべきだったとする研究者の談話を紹介。
同教授の共同研究者でドイツ・フランクフルト大のカラス教授が「不正
な選考結果で、我々が受賞すべきだ。選考委の判断は理解に苦しむ」と
述べたとしている。
記事の中で、ベングト・ノルデン・ノーベル化学賞選考委員長は「田
中氏がドアを開けたのだ。受賞者は最初にアイデアを出した人物、つま
り田中氏であるのは当然だ」と述べている。
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「最初にドアを開けた人」とは、すぐれた比喩である。その前に無数
の「ノックした人」がいたことを想像させる。ドアが開かれたあとで、
「ドヤドヤと、われがちに入る人々」もいるだろう。
民主党にあてはめると、菅氏がノックして、ドアを開けたのは鳩山氏
だった。ここで菅氏が先に入るべきだとする声があり、廊下の外の人々
の意見も聞くことにした。大騒ぎしたあげく前とおなじ結果になって、
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12月08日(日)
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