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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 高砂くずし
電話の天気予報や話し中の信号音はA=440'(NHKの時報もおなじ)
だから、電話口で音叉棒を用意する必要がない。しかるに当時の電話は、
つねに交換手が登場するために、信号音を聞く方法がなかったのである。
(いまなら、話し中の信号音を聞くには、自分の番号にかければよい)
同志社中学および高校では、聖書講義、校祖伝記などを教科に加え、
「徳育」と総称するが、その中心儀式は、プロテスタント系の習俗たる
毎朝の礼拝である。
ここで全員が合唱する《讃美歌》は、おおくが世界各国の民謡である。
有名な、マルティン・ルター作詞作曲《神は我がやぐら》のような曲目
から、最新版にはシベリウス《フィンランディア》も収録されている。
(ビゼー《アルルの女・間奏曲》の主旋律は、讃美歌ではなく、ラテン
ン語のカトリック祈祷文《神の子羊》を歌詞とする独唱曲である)
■2002/09/05 (木) 高砂三題(2)
中学三年の秋から卒業までの数ヶ月間、有賀誠一・木下聖治を中心に、
毎日うたってばかりいた。私的な早朝祈祷会での讃美歌にはじまって、
チャペルでの全校礼拝、休み時間から放課後まで、ハモってばかりいた。
枯木コーラス、と称していたが課外活動として認知されるほどの団体
ではなく、通りがかりの者(たとえば吉田肇)を加えて即席にハモった。
与太郎が選曲すると、有賀がピッチ(音叉棒)をはじく。最初の音を
ハミングで示すまでに、他の者は楽譜をめくって待っている。
与太郎は、いつか目あたらしい曲をもとめはじめた。
合唱のための名曲は無数にあるわけではない。《音楽教科書》はじめ
《讃美歌》および《キャンプ・ソング》に、ほとんど網羅されている。
一般のアマチュア合唱団が発表会で採択するものは、前衛的もしくは
宗教的または政治的な傾向がつよく、かならずしも傑作ぞろいではない。
「合唱名曲集」などというタイトルにつられて買ってみると楽譜出版社
の常套商法か、買いたい曲と売りたい曲が、絶妙に重複混在している。
《新・讃美歌》から消えてしまったが、《旧・讃美歌》のなかに謡曲
《高砂》が収録されていた。すべての讃美歌とおなじく、混声四部合唱
用に編曲されていた。ためしに詠ってみると、謡曲の素養がなくとも、
「それらしく」聞こえる。このように邦楽曲が洋楽風の和声で記譜され
た例は、きわめて希少で《君が代》か《越天楽=今様》くらいである。
《君が代》については《Day was Day》P053 参照。弦楽四重奏のため
に編曲された《今様》は、高校三年以後、二三度演奏したことがあるが、
いまひとつ(弾き手にとっても聴き手にとっても)インパクトに欠ける。
■2002/09/05 (木) 高砂三題(3)
彰栄館の一階での《高砂》試演の情景を今でも思い出すことができる。
阿波・有賀・木下・吉田ら枯木コーラスが、フィリップ社製のテープ
レコーダーを囲んで、はじめて歌ってみたのである。
廊下を通りかかった“ゲジゲジ”こと市谷先生が、
「おう、なかなかいいじゃないか」と声をかけたほどの出来ばえだった。
与太郎は気に入ったが、なにしろ主旋律をユニゾン(斉唱)で、他の
声部はハミングと指定されているので、他のメンバーにとっては難しい
だけで面白くない。また、いつどこで歌うにしても「場ちがい」なので、
一回きりでレパートリーから外されてしまった。
のちに、誰かの結婚式でやってみたいと考えていたが、四人そろって
楽譜が読め、かつ即興的に歌えるメンバーとなると、なかなか難しい。
中学時代のメンバーを集めれば、自分の結婚式でできないこともないが、
燕尾服を着た新郎が歌ってる姿は、なんだか間がぬけていて気がすすま
ない。謡曲師匠を父にもつ銀行マンに「お客さま代表」として《高砂》
を謡ってもらうことになった。媒酌人は「屏風のかげで謡うものだ」と
主張されたが、前もって「プロではありませんが」とことわって、扇子
だけ持ってもらった。
それから十年後、在日朝鮮人の結婚式に参列する機会があり、余興を
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09月01日(日)
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