ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ フクちゃんの家 〜 武器よ、さらば 〜
これがのちの「ソニー」であることは、よほど経ってから知ったらしい。

 History of SONY
 19460507 東京通信工業設立
 1950‥‥ 初の国産テープコーダー開発
 1955‥‥ トランジスタ・ラジオ開発
 19581201 東証上場
 19580101 ソニー改称“SONY神話”

 
 大文字屋十四代
 
 下村 彦右衛門 1 1688‥‥ 京都 山城 17480515 81 /元禄 1-寛延 1.0418/“大丸”業祖“正啓”
 江戸中期、大丸百貨店の創業者。伏見京町北8丁目に生まれ、幼名を
竹兵衛。晩年の号は正啓で、そのまま法名とした。父は三郎兵衛兼誠、
母は須磨、その第5子、3男。下村氏は攝津国茨木(大阪府茨木市)の
武将中川氏の家臣の子孫で、惣左衛門の代に伏見に来住し、大坂の陣後、
商に転じた。正啓は19歳のとき古着商(大文字屋)を継ぎ、京都へ行商
を始めた。享保2(1717)年伏見に小店舗を開き、このときを大丸の創業
とする。享保11年、大坂心斎橋に共同出資の呉服店を開いたあと、名古
屋店、仕入店(京都)、上之店(京都)、大丸総本店などを設けた。名
古屋では特権的呉服商と対抗するため、正札付現金売りを断行した。
「先義後利」という経営理念を称え、社会との調和を重んじた。幕末期、
新撰組隊士の服装が大丸を通して調達されたという話が伝わっている。
 参考文献『大丸二百五拾年史』、宮本又次『大阪町人』(安岡 重明)
 
 下村 正太郎  7 1802‥‥ 京都 山城 18620127 60 /享和 2-文久 1.1228/[1812-]“正篤”
 江戸後期の商人。号は正篤。下村家一族の柳馬場家の子として京都に
生まれ、文化9(1812)年、6代正立の跡を継ぎ下村家の当主となる。下村
家は屋号大丸屋、大文字屋の呉服商で、当主は業祖の正啓以来彦右衛門
を襲名するが、4代彦右衛門による「大丸騒動」後、正太郎を名乗るよう
になった。7代正篤は、それまでの京都本店、江戸店を中心とした呉服、
小間物商売に加え、大坂両替店を創設。京都でも両替業を店舗として独
立させ、両替業を本格化した。また兵庫に外商だけを扱う店を設け、江
戸でも糸扇店を創始し、生糸の取り扱いを始めている。化政期の下村家
の商業活動の拡大、発展は正篤の才覚の下に実現したといえる。幕末維
新期には営業活動が停滞的となるが、10代正太郎(正堂)は維新政府の
下で商法司元締、東京為替会社の総頭取などを務めた。11代正太郎(正
剛)のときに合資会社、さらには株式会社に改組、戦後に至っている。
 参考文献『大丸三百五拾年史』(谷本 雅之)
── 《朝日日本歴史人物事典 19941130 朝日新聞社》P0817
 
 下村 正太郎 10 1853‥‥ 京都 山城 1889‥‥ 37 /籍=兼篤=正乗の次男/嘉永 6.“正堂”
明治期の実業家。山城伏見生れ。正乗の二男。本名は兼篤。明治元年大
丸呉服店本家一〇代正太郎を相続し、天皇大坂親征に一万両を献納、新
政府の商法司元締となった。翌年東京、京都の為替会社、通商会社に出
資、総頭取となる。また四年博覧会社を興し、日本初の博覧会を開くな
ど、産業復興に資した。
 
 下村 正太郎 12 19271120 京都   20070513 79 /12-5[1984‥‥-1997‥‥]
社長 阪大法経 〒542-0085 大阪市中央区心斎橋筋1-7-1(06-6271-1231)
── 《分野別人名録 19990301 読売新聞社》P0192
 

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(20160628)
 
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02月05日(金)
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