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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 華ときものと私 〜 池坊家の人々 〜
もったいない、まだ直せば使えるのにと思いながら、新しいものに買
いかえなければなりません。私たちにとってモノが豊富にあるというこ
とは、たくさんの機能を果たす──たとえば、お湯の温度を調節できる
魔法瓶のようなものでなく、いろんな柄の、いまはやりのマンガを描い
たものとか、ピエール・カルダンのデザインしたもの、そういうものが
豊富にあるというだけなんです。
ほんとの合理性とは、何なのだろうか、もういちど考えてみたいと思
います。
■ 心を託す
私が、結婚いたします時、知らぬまに母がきものをこしらえてくれま
した。
まだ大学生でしたので、さものなんて興味がありませんでした。きも
のを一枚買うんだったら洋服二枚買えるのに、と単純に思っておりまし
た。
ところが十五年たちまして、一枚一枚とりだして眺めてみますと、あ
のころに母が、いろんな思いをこめて選んでくれたんだな、という気が
するのです。
嫁ぎゆく娘に、いっておきたいことがいっぱいあって、東京から京都
へ行って、習慣やしきたりがちがう、その中で無事にやっていくだろう
か、健康で、みんなと仲よくやっていけるだろうか、母親の知らない世
界に嫁いでいく娘への思い、心づかいといったものが、母にあったと思
われます。
ことばでいうには、あまりにせわしい日々、はたちそこそこの、結婚
を目前にした娘に、ああなんだよ、こうなんだよといいきかせても、右
から左へきき流して心に留めてくれないだろう、という母の思いも感じ
られます。
■ 限りあることば
娘の七五三に際しましても、いろんな思いがございます。
立派な社会人になってほしい、聡明な女性に成長してほしい、勉強も
まあまあできてほしい、そんなことをいってみても、子供は『ママ判っ
てるわよ』というばかりで、聞きながしてしまう、だからそれをいう代
りに、いろんな願いをこめて七五三のきものを選びます。
一枚のきものには、染めた人、選んだ人、縫った人の気持が、着る人
のこころとともに秘められていると思われます。
若い人たちが、
『ボクはキミを愛してるよ、愛してるよ』と繰りかえし、いわれればい
われるほどホントに愛してくれてるのかしら、そのことばが軽重浮薄に
聞えて、その本心はどうなんだろうか、と心配になったりします。私た
ちが、ことばでいいつくす思いに限りがあるとしたら、いったい何に託
せばいいのでしょう。
聖バレンタイン・ディなどありまして、女の子が男の子に、そっと
『あなたに好意をもってるわ』と伝えるわけてす。
脱線いたしますけれど、先だっては、夜になりましてから、家元に、
「ぼくにチョコレートはないのかい?」なんていわれました。結婚して
十五年になる夫婦でも、チョコレートが要るのかしら、と思いました。
奥さま方、ご主人にプレゼントなさいましたか?
■ 母と妻と娘
親子の断絶とか、いろんな人間関係の断絶ということがいわれます。
ことばで、すべてを解決しようと思うところに原因があるようです。
日本の文化は《察しの文化》である、といわれます。私の両親は、明
治うまれですけれども、父が夕刻に帰宅しますと、顔色を見ただけで、
今日は気分のいいことがあったんだな、あるいは、不愉快なことがあっ
たな、ということが母に判るようでした。判るけれども、そのたびに
『あなた、今日はいやなことがあったんでしょう?』なんてことは、い
わないんです。黙って、いつもと同じようにお茶を出します。
その行為の中に『大変でしたわね』といういたわりの言葉が秘められ
ているのです。そして父も『今日は大変だった、だけれども、このお茶
で心がなごんだ』そういう気持で、お茶を喫むわけです。
私が、ときに東京の実家へ帰りますと、あれもいおう、これも聞いて
もらおう、女性というのは、思ってることを聞いてもらうだけで、心が
晴れやかになるんですけれども──母にしましても、たくさんのことを
娘に聞いてみたいはずです。
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02月17日(金)
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