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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 同窓会始末
プ印刷に載っている顔ぶれにかぎらず、その夜あつまってくれたメンバ
ーで、要するに数件のはしごに流れました。
飲むほどに、論ずるほどに、だんだんわけのわからぬ意見も出るなど、
気がかりな点は予算面にちがいなく、さりとて妙案も決論もない始末で
した。
そもそも私設同窓会なるもの、赤字が出ても、黒字が出ても、その処
理に困難をきわめる点では、おなじです。あえていうならば、その処理
における手さばきが、成否を象徴するのではないでしょうか。
当夜のあとさき、三人の幹事は、さまざまな表現で、たえずこの点を
確認しあっておりました。
「これは事業だ、企業ペースでやろう」
「………」
「赤字よりは黒字のほうが健全である」
だいたい、ことの次第が決定してしまっている以上、手順としては楽
観論にしたがうのが必然です。悲観論や否定的材料が百出しようとも、
引きかえすわけにはまいりません。
■ 学校用語
さて、いよいよ五百数十名宛の発送です。
正月四日、午前十時に最後の投函を了えて、遅ればせもいいところで、
心境としては、人事を尽して天命を待つ、ほかはなかったのであります。
…… 新年おめでとうございます。
このたび、同志社中学校昭和二十七年度 入学、あるいは昭和二十
九年度卒業生と、 同志社高等学校昭和三十年度入学、あるいは昭和
三十二年度卒業生、五百余名の同窓 会・旧交歓談の席を、下記のと
おり設けました。
おりから三十世代、それぞれの分野でのご活躍ぶりは、しばしば伝
えきくところで すが、数年ぶり、あるいは十数年ぶりの再会を、あ
たらしい年の記念としたいものです……。
年度をこまやかに列記したのは、たとえば私のように、最後だけ昭和
三十三年度卒業であるとか、諸種の例が少数たりともあるからです。当
時一学年の定数が、約三百六十名であり、かつ今回の趣旨によれば五百
数十名におよぶことは、少数者が、意外に少数ではなかった、という発
見につながります。
来賓すなわち、かつての恩師には、中学高校の両校長はじめ、担任教
諭を中心に招待状を用意し、このほうは、かなりまぎわになってから、
お届けした始末です。
前半のニュアンス、後半のアピールに注目していただきたいものです。
…… すでに三十世代の緒についた私たちが、かつての共通環境を重ん
じ、たんなる回想にとどめることなく、各人各様に再生産への意図を
秘めていることは、申すまでもありません。
学校用語でいわれたところの、問題児はもとより、編入生・転校生
ともども、数年ぶり、あるいは十数年ぶりの再会に期するゆえんです。
■ その日
ご招待申しあげただけで、何のもてなしらしいこともできず、いたず
らに頭をさげるばかりでしたが、半数ちかいご出席を得たことは、盛会
にいたる大きなささえでした。
あとで聞いた話ですが、某先生がビールを注いでくれた女性に向って、
「きみは何という名前だったかね。たいへん美しくなって、見ちがえ
てしまった」 と感嘆すれば、くだんの女性、実は芸妓。
「いやセンセ、うちは小学校しか出とらしまへんえ」
あれこれ迷ったあげく、ベラミのホステスを何人も呼ぶには予算が心
配で、ひそかに花街から呼びよせておいた美妓ふたり、幹事に耳うちし
て、「ハプニングいいまっしゃろ、ふたりで祇園小唄やったげるわ、バ
ンドの人にそう伝えとおくれやす」
いや、その実は、本日ベラミのバンドを雇えなかった、というのも義
理を欠く。するとどういうわけか一年後輩で《十字屋楽器店》常務の田
中義雄君の顔が見えたのをさいわい
「電話をかけてもらいたい。祇園小唄の歌なしレコードが一枚要るこ
とになった」
レコードの一枚や二枚、私の店でも売ってるものの、地の利、漁夫の
利とあって、だれかが走ってくれました。
「バンドが来たよ、さあやっておくれ」
宴次第、プログラムそのものは、あらかじめ十五分単位の厳格な用意
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01月15日(金)
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