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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 山脈・第十五号
それでは諸行無常の認識はどんな態度を生み出すのでしょうか。それ
は何物にも囚われないという態度です。何物にも執着しない態度なので
す。情に囚われないで、情を自分から離して客観的に見るのです。一つ
の物として取り扱うのです。だからそこにはもう情に溺れたり、熱中し
て我を忘れるというような事はありません。いや、それが出来ないので
す。いつも冷ややかな眼で、執着のない眼ですべてを見つめるのです。
諸行無常を見つめるのです。こういう態度は例えば、徒然草の兼好の態
度に最も良く見出す事が出来るでしょう。彼の鋭い観察力だとか、批判
力は全く彼が何物にも囚われなかった事によるのです。それ故にあのよ
うに諸行無常の世界をはっきりと見る事が出来たのです。痛い程鮮明に
見透せたのです。又彼の思想に鴨長明のような厭世観が感じられないの
は、かれが情に囚われないで、無常という事実をそのまま事実として受
け入れられたからなのです。彼は世の無常をはっきりと知っているので
すが、そうだからといって何も世を嘆いてはいないのです。もっと率直
に事実をありのままに受け入れる健康さがあるのです。ものに対する執
着がないのです。自分も又諸行の中の一つだという事をはっきり認識し
ているのです。諸行無常を知るという事は、この世をはかなみ嘆く事で
はないのです。情に囚われないという事なのです。物に執着しないとい
うことなのです。
× × ×
ながむとて花にもいたくなれぬれば散る別れこそ悲しけれ
心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮
これらの歌は西行の詠んだものです。彼の歌には実感がこもっている
と言われますが、それは彼の飽くまで誠実であろうとする態度、即ち何
物にも囚われない、情熱を燃やさない態度に依るのではないでしょうか。
彼には我を忘れるというような事は滅多になかったのです。何事にも熱
中出来なかったのです。しかも彼のこうした態度は内省的な懐疑から生
れたものではありません。もっと深い実感から生れたものだったのです。
俗世界を棄て、そうかといって僧にもなりきれなかった彼にとって自
分の心を満たしてくれるもの、頼りとするものは唯自然の中にしか残さ
れていなかったのです。だから彼にとっては、自然は単なる客観的な存
在、外から眺めるだけのものではなくて、彼自身その中に没入して、そ
の中に溶けこんで内から感じなくてはならないものだったのです。しか
し、そこで彼が見出さなくてはならなかったものは、自然の無常という
事実だったのです。彼は心を満たしてくれるもの、頼りになるものを求
めて花や秋の景色に自分の情を託したのでした。しかし、それらは何も
応えてはくれず、唯果無く散ってしまったのです。彼の情は受け入れら
れなかったのです。そこに彼の苦しみがあった訳です。それで又満たさ
れぬ心を抱いて新しい旅路に向わなければならなかったのです。満たさ
れぬ心の呻吟、それこそ彼の歌の基調をなすものです。そして又、彼に
はそういった自然の無情さを通して、自分の情の果無さ無常さを感じて
いたのです。だから何事にも我を忘れる程熱中出来なかったのです。例
えば彼の恋愛歌にしても
何となくさすがに惜しき命かなあり経ば人や思ひ知るとて
疎くなる人を何とて恨むらむ知らず知られぬ折もありしに
という風に極く控え目な、孤独の想いだったのです。無論僧侶という
身分的な拘束もあったでしょう。しかしながら、それにも増して彼には
恋愛感情の果無さという事が、痛い程見透されたのでしょう。そのため
に彼には激しい恋に陥入る事も出来なかったのです。
ところで彼の満たされぬ、応えられぬ心は一生の漂白の末どのように
変っていったのでしょうか。
風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな
これは彼が六十九才の時、やはり行脚のうちに詠んだものです。この
歌にはあの彼特有の感傷的な寂しさは、もはや見出されません。むしろ
この単純な平明さの中には何か満ち足りたものさえ感じられるのです。
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06月25日(水)
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