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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 死因の変遷 〜 Changes in cause of Death 〜
細菌を媒介してはならない。感染者や死体に触れたばかりの手で治療す
るのは避けなければならない。
 
・病院の寝具に乾いた血液や膿を残してはならない。
・衣服や寝具は定期的に洗濯する。
・人間の排泄物や体液には触れないようにする。
・定期的に体を洗う。
 
――このような基本的な衛生対策が一般的になったのは、ようやく19世
紀になってからである。それまでは少なくない医療関係者が「医者や看
護師が感染源になっている」という説に猛反発し、多くの命を奪ってき
た。
 たとえば出産時やその直後に産婦が細菌に感染して起こる「産褥熱」
がそうだ。17世紀のヨーロッパでは女性の「主たる死因」ですらあった。
なぜならこのころ産院での出産が始まったものの、当時の病院には細菌
が蔓延していたからだ。
 
 産褥熱は、19世紀の半ばにハンガリー人の産科医センメルヴェイス・
イグナーツが感染を防ぐ方法を明らかにし、清潔さの重要性を示したこ
とで、医師が別の患者の感染症を産婦にうつすことが避けられるように
なった。
 
 19世紀後半には「微生物病原説」が受け入れられ、外科手術における
感染予防技術の価値が認められ、帝王切開が当たり前の分娩方法となる。
1902年に英国で可決された「産師法」によって1910年以降、助産師は正
規の講義を受け、口頭試験と筆記試験に合格し、必要な件数の出産に立
ち会ったことが証明されないかぎり、分娩に立ち会ってはならないこと
になった。乳児死亡率は1840年には1000人当たり39人だったが、1903年
には1000人当たり12人にまで減った。現在では出産で命を落とすことは
非常にまれになっている。
 
 また、いまでは「五大栄養素」として小学生でも知っている炭水化物、
脂質、タンパク質、ミネラル、ビタミンが人間が生きていくうえで欠か
せないものだということは、ひとつひとつわかっていった――その過程
でも、多くの犠牲を出した。
 
 このようにして人類は暴力、飢餓、栄養失調、感染症に打ち勝っていっ
た。19世紀後半以降には平均寿命が一気に伸び、そこからガンや糖尿病、
脳卒中、心疾患が主な死因として登場する。肥満、喫煙、アルコール、
運動不足がこれらを悪化させることも知れ渡るようになった。
 
 死因は大きく変化してきたのである。たとえば2000年に最大の死因だっ
た心臓病と脳卒中による死亡率は、予防や治療などの大幅な改善の結果、
およそ半減した。ガンの多くも死亡率が後退している。代わって認知症
による死亡率が目に見えて増えた。駆け足で『死因の人類史』をまとめ
ればこうなる。
 
 長生きという「ぜいたく」
 最近では「人生100年時代」と言われる。実際には世界の平均寿命は
長い国でも80年代前半どまりだ。しかし世界平均で70歳を超えている。
これは人類史を振り返ると驚異的に長い。
 
『死因の人類史』ではフランスの過去の平均寿命と、現在の世界各国の
平均寿命を比べている。
 
 この本が書かれた当時に世界でもっとも平均寿命が低い国のひとつだっ
た西アフリカのシエラレオネ共和国の平均寿命50.1歳にフランスが達し
たのは1910年(なお2023年のWHO発表では最短は南アフリカの国レソト
で50.7歳)。
 
 内戦やテロ、旧ソ連とアメリカの侵攻で負ったダメージによって政府
が機能不全に陥り、失敗国家と見なされているアフガニスタンの60.5歳
と同じ水準にフランスが達したのは1946年。
 
 イラクの68.9歳の水準には1958年、北朝鮮の70.6歳には1961年、イラ
ンの75.5歳には1986年に到達していた。世界最貧国でも現在の平均寿命
では、近年豊かになった国々とそれほど見劣りせず、19世紀のどの国よ
りも健康面では上回っている。
 
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 さらに私たちが健康なまま長生きするにはどうしたらいいのかといえ
ば、結局、バランスの良い食事を心がけ、食べ過ぎを避け、適度な運動
を心がけ、生活環境や身体を清潔にし、孤独を避け、よく笑い、よく寝

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04月16日(火)
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