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与太郎文庫
by 与太郎
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■ パクリズム 〜 Pakurism by Pakurist 〜
ージュやサンプリングといった手法が浸透している現代アートの世界で
は、単なるコピーや盗作との判別が特に難しい。
「表現の自由を促進する」フェアユースの適用基準が厳しくなれば、
アーティストやクリエイターは訴訟を恐れて作品の参照や流用を控え、
創作活動にとってマイナスの影響を与えることになる。また、極化すれ
ば言論の統制にも繋がりかねないだろう。
そもそも、デュシャンの「レディ・メイド(既製品)」に端を発して
いる現代アートは、概念もろとも潰れてしまうかも知れない。
一方で、悪意ある無断転載やAIによるアーティストの蹂躙が続いてい
る現代において、著作権による保護は「アートの姿」を保つ意味におい
て非常に重要な観点でもある。
著作権の適用が緩まり、ネット上の作品をコピー・無断改変したAIの
制作物を“作品”と見なせば、それは人間の創造性・主体性を否定する
ことになってしまう。
また、伝統への反発から始まったポップアートに関しては、あらゆる
ものを既存の文脈から切り離して描くというややこしい側面もある。
つまり、この裁判は二つの重大な理念の板挟み状態だったわけだ。
結果、多数派となったのは「写真家(ゴールドスミス)の作品は、他
と同じように著作権によって保護されるべきであり、その権利は著名
アーティストが相手であっても適用される」という意見で、ウォーホル
の作品にはフェアユースが認められなかったということになる。
ただし、判決は必ずしも「芸術の文脈」に沿って成されたものではな
い。『ARTnews』によると、裁判を執り行ったジェラルド・E・リンチ判
事はこう語っている。
「裁判官の判断によって作品の背後にある意図や意味を評価する、美
術評論家のような役割を担う事態は避けるべきだ。基本的に、裁判官は
美的判断をするのには適しておらず、その手の判断は本質的に主観的で
あるからだ」
つまり、司法機関である裁判所は美術評論的な文脈で(主観的な)
「美的」価値の判断はせず、あくまでも権利や原則といった(客観的な)
法律に則って進めるのが筋だということ。
© Prince/Twitter
ウォーホル財団は判決については不服としながら、「裁判所の判断は
一つの作品に対するもので、ウォーホルによる一連のプリンスのシリー
ズ自体が合法かを問うものではなかったのは嬉しいことです」ともコメ
ントしている。
「著作権法と憲法修正第1条の下、アーティストが作品の創作と変容
を続ける権利を守るために、財団は今後も声を上げていきます」
と声明を締めくくった。
究極的には、あくまでも各個人の主観的判断にすがらざるを得ないの
が芸術。
著作権と表現の自由に挟まれたなか、裁判所が下した「司法機関は美
術評論的な判断を下さない」というスタンスは、この問題の一つの“答
え”と言えるのかも知れない。
Reference: US Supreme Court Rules Against Warhol Foundation in
Closely Watched Copyright Case, ART WIKI / アプロプリエーション
Top image: © Photo by Brownie Harris/Corbis via Getty Images
〔no+e〕 Q&A 20230606
Yahoo! News のタイトルの次行には、ツイッターとフェイスブックの
マークがあり、どちらをクリックしても、自分の Facebook と Twitter
に転送され、「全員が返信できます」とあり、最後に「ツイートします」
または「Facebookに投稿」を選ぶことができます。
この作業を「無断転載禁止」に指定することは可能ですか?
あるいは「有料なら転載許可」などとと特定できますか?
…… 提訴のため、富山地裁に入廷する原告代理人の松丸 正弁護士
20230606 10:01 富山市西田地方町2丁目(山本 逸生・撮影)
https://news.yahoo.co.jp/articles/bbea2bfd9d3cd1344b4773acbaa25a81e9cfbf8d
弁護士の撮影、公開許可を得ているかどうか。謝礼を受け取ったか?
adlib 20230606 15:15
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06月06日(火)
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