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与太郎文庫
by 与太郎
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■ カツシン一代 〜 Infamy is better than obscurity 〜
たり、リアクションが取れずに共演者を困らせることがあるそうです。
以前の玉緒さんには考えられないことですが、友人や知人に突然電話を
かけて『寂しい』と弱音を漏らすこともあり、関係者も不安を募らせて
います」
玉緒は昨年まで個人事務所の元社長で長女のAさん(59)と同じマン
ションの別の階に住んでいたが、周囲の反対を押し切って部屋を引き払っ
ている。
「かつては『一卵性母娘』といわれるほど仲のよい親子でしたが、この
数年は事実上の“絶縁”状態にあります。玉緒さんがAさんと離れて暮
らすことを強く望んだと聞いています」(Aさんの知人)
親子断絶の一因は2019年11月に長男で俳優の鴈龍さん(享年55)が急
性心不全で亡くなったことだった。
「誰にも看取られることのない孤独死でした。名古屋の滞在先でひとり
でいるときに亡くなり、遺体が見つかるまでに数日間を要したといいま
す」(別の芸能関係者)
最愛の息子を失ったショックで、玉緒はしばらく立ち直ることができ
なかったという。
「当初、玉緒さんとAさんは支え合って悲しみを乗り越えようとしてい
ましたが、お互いを責め立て激しい口論になることもあったといいます。
実は鴈龍さんは亡くなる2年前に、玉緒さんから勘当されているんで
す。幼い頃から息子を溺愛してきた玉緒さんは、役者の仕事にありつけ
ず、くすぶっていた彼のためにいつも関係者に頭を下げていました。
『私が面倒を見ている限り、あの子は独り立ちできない』と周囲に語り、
経済的な援助を打ち切ったのが2017年頃。家族に頼らず、アルバイトで
食いつなぐ弟を不憫に思ったAさんは玉緒さんに援助の再開を申し出た
が、玉緒さんは聞く耳を持たなかったといいます(前出・別の関係者)。
ii
玉緒はAさんが事務所スタッフのBさんと“再婚”したことにも不満
を露わにしていたという。
「Aさんは若い頃に一度、結婚していますが、1年あまりで離婚。その
後は玉緒さんの麻雀仲間で、元運転手のBさんと交際していました。再
婚後、Bさんが勝さんの本名である奥村姓を名乗るようになったことに
も玉緒さんは複雑な思いを抱いているようです」(奥村家の知人)
「大麻は入ってまへんで」東京・港区にたたずむ日蓮宗の古刹、蓮乗寺。
『座頭市』や『兵隊やくざ』など数々の名作に出演し、破天荒な生き様
が語り継がれる勝 新太郎の墓にはいまも多くのファンが訪れる。
「鴈龍さんと勝さんの兄の若山 富三郎さん(享年62)も同じ墓に眠っ
ています。2003年の七回忌には玉緒さんとAさん、鴈龍さんの3人が揃
って墓参りをしたことが報じられましたが、今年はAさんと玉緒さんが
別々でお参りをしたと聞いています」(前出・奥村家の知人)
玉緒は1939年、京都生まれ。父は人間国宝の歌舞伎俳優二代目中村
鴈治郎。一昨年に他界した四代目坂田 藤十郎は実の兄で、その妻の扇
千景は義理の姉に当たる。
「若い頃から女優を志望し、10代半ばで銀幕デビュー。幼なじみの市川
雷蔵や山本 富士子を支える脇役として活躍し、映画《不知火検校 1960》
で共演した勝さんにマネジャーを通じて口説かれたのです。名門一家に
生まれ、お嬢様育ちの玉緒さんは、料理も家事もほとんどできなかった
といいますが、勝さんはべた惚れで結婚前提で交際を申し込んだといい
ます」(映画関係者)
勝さんの父は長唄三味線の大家・杵屋 勝東治。次男として生まれた
勝さんも19才の若さで二代目杵屋 勝丸を襲名した天才奏者だったが、
ジェームズ・ディーンに憧れて役者に転身。下積みを経て銀幕スターに
上り詰めた。
「結婚は1962年。度を越した浪費癖と父親譲りの女道楽で、結婚生活は
はじめから波乱含みでした。玉緒さんも負けん気が強くけんかになると
勝さんはよく言い負かされていたといいます」(勝さんの知人)
浮気を繰り返し、借金のカタに家屋敷を取られる生活に愛想を尽かし
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10月24日(月)
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