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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 新奇の条件 〜 New conditions 〜
違いありません。妻と次女は僕を自殺させようとしていました」
 
 浅野被告は5月13日に開かれた初公判の罪状認否でこう述べた。家族
が被告を自殺に追い込もうとしていたという話は、被告の妄想だ。これ
に争いはない。公判で検察側は、被告が当時、妄想性障害の影響で心神
耗弱の状態にあったと主張。対する弁護側は、被告が当時、妄想性障害
の圧倒的影響下にあり心神喪失の状態だったとして無罪を主張した。
 
 冒頭陳述や証拠によれば、被告はもともと法務省の職員として働いて
おり、同省で法務技官として働いていた妻と知り合って結婚に至った。
ふたりには3人の娘がいる。被告はのち退職し、研究の道へ。事件当時
は臨床心理学や犯罪心理学を専門とする准教授だった。ところが夫婦は
次第に「生活態度や子育てへの姿勢などからお互いに不満を抱き、関係
が悪化」(検察側冒頭陳述より)したという。
 
 2019年春、妻の勤務先が変わったことにより、一家はさいたま市内の
官舎に転居したが、同年9月、被告と次女だけが、神奈川県内に転居し、
夫婦は別居状態となる。当時学生だった次女の通学に便利な場所だった
ことから決まった転居先だった。
 
 同年10月、不調を感じるようになった被告が精神科を訪れたところ
「うつ状態」と診断され、薬を処方された。症状は好転せず「遅くとも
2020年1月ごろには精神的不安やストレスにより『妻と次女が自分を追
い込み、財産を奪おうとしている』と思い込むようになっていた」(検
察側冒頭陳述より)という。
 
 翌月、被告はひとりで埼玉県内に転居し、次女は妻の元に戻ったが、
この頃から、妻への殺意を抱くようになる。包丁を購入するなど準備を
重ね、3月、犯行に及んだ。
 
 弁護側の冒頭陳述によれば、被告が精神的不調を感じるようになった
きっかけは「さいたま市に引っ越した頃から、妻が口をきいてくれなく
なった」からだという。
 
 「自分の言動が妻を傷つけたのでは、と何度も手紙を書いたが、全く
相手にしてくれない。不安は増していきました。次女と引っ越して、妻
と離れていれば、自分の不安も落ち着くんじゃないかと思っていたが、
引っ越しても気持ちが休まることはなかった」(弁護側冒頭陳述)
 
 妻が使用していたクレジットカードの引き落としが被告の口座からな
されると「自分の財産を取られるのでは」と思い、自宅に忘れて行った
スマホの置き場所が変わっていたことで「次女が自分のスマホを見てい
るのでは」と疑うようになる。
 
 0524 被告人質問でも、浅野被告はこうした“自分の認識”を語った。
 「あるとき、私が自殺を試みた次の日に、部屋の扉が開け放たれてい
た……おそらく次女は、僕が自殺を試みたことを妻に伝えているんだと
思いました。それなら扉を開けっぱなしにして、やりなさいと、やりき
りなさいと、僕に対して妻が……それに従って次女はそうしていると思っ
た。今までにない恐怖心を感じました」
 
 同居していた次女が、妻の手先となって、被告を追い込んでいるとい
う“妄想”に囚われていた被告は、次女の何気ない、あらゆる言動を
「妻と次女からのメッセージ」だと思い恐怖していたのだという。
 
 もちろん次女にはそんなつもりはなかった。同月17日の公判に証人と
して出廷した次女は「当時は、学校やバイトで、そもそもお父さんの様
子を注意してなかったので全然なんとも思ってなかった」と述べている。
被告が妄想を抱いていることにも気づいていなければ、自身の言動が被
告を疑心暗鬼にさせていたことも全く気づいていなかった様子だ。
 
 次女だけでなく職場も、他の家族も、妄想には気づいていなかった。
被告が通っていた精神科の医師すらも「うつ状態」と診断しており、妄
想性障害は見過ごされたまま事件は起きた。
 
 そのうえ、被告は今もまだ妄想を抱いており、次女や妻への思いを被
告人質問でこう語る。
 
 「次女の証言を聞いて、全体的に、彼女の証言は、彼女に疑いがかか

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06月08日(水)
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