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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 震災・寄付・破産 〜 線上の第九演奏会 〜
けられると、人間却って「恐れ入りました」とはいいにくい。やはり批
評も人間が書くものだと、妙な親しみを感じたほどだった。後で近衛秀
麿さんに会ったら、「あれは多人種のオーケストラの伝統ですよ」とお
っしゃった。決して「アメりカ風金ぴかスタイル」とはおっしゃらなか
った。やはり近衛さんは、そこらの馬の骨とは違うと思った。
ところでオーマンディは、禿げ頭で体も小さくしかも足を引きずりな
がらの登場である。決してグラマー・ジジイではない。いわば外人の田
吾作のようなのが、いったん指揮台に立つと物凄い音楽をするのである。
テレビCF流にいうと、「顔に自信なし、中身に自信あり」の見本だろ
う。第一、四〇年の間。同じオーケストラの音楽監督を努めていて、誰
も「やめろ」というものがいない。これだけでもオーマンディの実力が、
並の物でないのが分かるだろう。(P98-99)
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4276351294
── 出谷 啓《クラシック この演奏家を聴け! 19960410 音楽之友社》
〜 通がすすめる精選アーティストと名盤 (オン・ブックス) 〜
◇ コンサート(19670407-0507)第10回 大阪国際フェスティバル
196704‥(田中 義雄と大阪公演の帰途)ロジェで初対面だったか。
古典派論争(別稿に詳述)はともかく、つぎの評言はいただけない。
「コントラバスに音程はない、日本の批評でコテンコテン、田吾作」
── 草稿では“ベートーベンの時代に開花した、ロマン派”としたと
ころ、出谷啓氏との論争の結果、“古典派”に訂正した。その《ヴァイ
オリン協奏曲》第2楽章以降をもって“ロマン派”と呼ぶべきであると
主張したが、彼を説得することはできなかった。そばで聴いていた田中
義雄君は、ひどく嬉しそうだった。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19671031
NEO BAROQUE 〜 Edited by Awa Library 〜
── ベートーヴェン《コリオラン序曲》があって、チェロの分散和音
が意味ありげにみえる。しかるに、レコードで聴くとガサゴソ鳴ってる
だけで、譜面の印象にはほど遠いのが不思議である。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030115
幻の《弦楽技法》 〜 未投函書簡より 〜
── 彼が三十歳だったころ、ジョージ・セルやオーマンディの話を聞
いたならば、もっと熱心に耳を傾けたにちがいない。しかるに、当時の
彼はあまりにも無名だったから、セルやオーマンディが彼の話に耳を貸
すこともなかったのである。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030829 無伴奏 〜 与太郎のチェロ・リサイタル 〜
── シベリウス《ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 19040208-19051019 初演》
オイストラフ独奏/オーマンディ指揮──レコード・サロンC19710812
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20081219
わが競奏 〜 Concert for Violin and Orchestra 〜
── シベリウス《ヴァイオリン協奏曲ニ短調》オイストラフ独奏、
オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団
── 死と現実の、二つの世界をつなぐ黒い河に浮かぶ白鳥の歌《交響
詩:四つの伝説曲〜トゥオネラの白鳥》は、感傷も幻想も超えた次元の
作品です。オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の、冷静であく
ことのない追求もまた、壮挙というべきでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710708
レコード・サロン 〜 Paper Concert 〜
Istomin, Eugene George 19251126 America 20031010 77 /Piano
/1943‥‥ フィラデルフィア管弦楽団とデビュー公演。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19670920 《カザルスとの対話》
◇ チャリティー(20110410)
── ズービン・メータ 東日本大震災チャリティーコンサート
音楽の力で人々を勇気づけようと、急遽開催が決まった東日本大震災
チャリティーコンサート。指揮者のズービン・メータさんは震災の当日、
公演のために来日中だった。途中で帰国せざるを得ない状況になったこ
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04月17日(日)
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