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与太郎文庫
by 与太郎
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■ モップス 〜 月光仮面ここにも在り 〜
云われた。そこで当日になって商品を運ぶと、想像もしない事態に直面
した。あやうくLPを持ってこなかっただけ助かった。
 
 真夏に屋根のないところにビニール・レコードを並べさせられた。
 これはもう、目を覆いたくなるような事態だった。みるまに目の前で
ドーナツ盤が折れ曲っていく。さすがに、一枚も売れなかった。
 
 与太郎は、HN氏がどう挨拶するのか、興味をもって待ちうけたが、
忙しそうに歩きまわるだけで、通りすぎていった。長丁場の前座バンド
がつづいて、最後にようやくモッブスのステージが始まった。
 
 ◇
 
 それはもう力強いサウンドで、ジョークもパンチが効いていた。
 とくにヒロミツのアクの強いセリフに、インパクトがあった。
 あぁ、この男は天才だな、と誰もが感じたにちがいない。
 
 アドリブではないが、たったいま思いついたようなギャグが可笑しい。
 ♪「想い出の夏、失ったり……得たり」つられて聴衆も笑ってしまう。
 云ってる本人が、いまにも吹きだしそうな間合いが絶妙だった。
 
 だが、モップス解散後のヒロミツは、全盛期の人を食った態度から、
とても腰が低くなって、面白みが失せてしまった。
 こんなにキャラクターが変化したタレントも珍しいと思われる。
 
 《月光仮面》を改竄したパロディ盤が、原作者の抗議で封印された。
 こんどの《おふくろさん》騒動と、なにやら似ているようだ。
 わけ知りぬべき人たちも、奥歯にもののはさまったような反応だ。
 
 ◇
 
 そのあと、HN氏から電話もなかった。10%の集金にも来ない。
 与太郎の損害は、アメのようになった約100枚のEP盤である。
 彼のような経験者が、どうしてこんな計算ちがいをしてしまったのか。
 
 そのまま、どちらも知らぬ顔で一年ばかり過ぎていった。
 なるほどそうか、気まずいことがあれば、こうして忘れるらしい。
 一年後に、与太郎が喫茶室をオープンしたので、案内状を出した。
 
 テレビ局の新米プロデューサーを連れて、彼は平気な顔で現われた。
 どういうつもりか、いまも分らないが、彼にも言い分はあるのだろう。
 かくして彼は(与太郎の前で)ボソボソと語りはじめた。
 
 せっかく招いた録音スタジオで、与太郎の態度が横柄だったこと。
 テレビ局の熟年プロデューサーを接待した与太郎の態度が卑屈だった
(彼は、その場に同席したにすぎない)など、いずれも数年前のこと。
 
 さすがに、与太郎もブチ切れてしまった。
「手ぶらで来て(花輪も寄こさずに)なんだその言い草は! いいから
勘定を払って、トットと帰りやがれ」
 
 すると彼は、ポケットから小銭を出してから、すっかり意気消沈して
帰っていった。すんでのことに、小銭をブン投げたい衝動にかられた。
 いまもって彼の真意が分らない。彼もまた分らないままであろう。
 
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 PEP 〜 中川 秀雄とその世界 〜
 
(20070314)
  

03月14日(水)
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