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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 経済美学入門
運よく仲介者が「あのときの謝礼は受けとったの」と気づいてくれ、
「いや、受けとっていない」と答えたので、あらためて依頼者に進言し
てくれたらしい。たぶん「印刷屋からリベートを受取らない」とでも。
また、あるときどうしても必要な現金が足りなくて、考えあぐねた末、
以前おさめた作品を思いだし「いつぞやの分を、ご清算ねがえませんか」
と電話したこともある。この段階では、先方も気分よく払ってくれた。
後半生の与太郎は、値ぶみしたり取りたてたり、できるようになった。
結局は、法人組織(代理店)を介することである。個人の私有財産で
なければ(なぜか)大威張りで催促できたのである。
◆ 胸の内
与太郎の習性は、大切な書類は、なるべく左胸の内ポケットに収める。
現金や小切手なら、かならず財布に入れる。
財布は、紙入れともいう。紙幣は紙だから紙入れにおさめるのだ。
小切手は決して折らない。
すこし大きめの書類でも、財布にはさんでから仕舞う。
もし封筒が大きすぎれば中身だけを財布に入れたほうが安全である。
また、なにかの拍子に、他人に見られて困るような場合には、右の内
ポケットに入れてから、ボタンを掛けておく。
(最近は布製のマジックテープが普通になってしまった)
ついでながら、現金で賄賂を渡す場合は、わざと大きめの封筒に入れ
るのがよい。緊急の場合は、週刊誌などにはさんでもよい。
さりげなく、テーブルの左右どちらかに寄せて、置き忘れてもよい。
うろうろと周囲を見わたしたりせずに、十分に気配を観察すること。
現金そのままの大きさに封筒を折り曲げ、うやうやしく捧げもったり
すれば、通りがかりの者にも気づかれてしまうだろう。
◆ こころづけ
接待するとき、帰りがけの支払いに時間をとられるのは無粋である。、
最近の実例(中林氏を案内した料亭)だが、おまけに新幹線の時間が
迫っていたので、思いついて試してみた方法がある。
与太郎は、いつも胸ポケットに厚手のハンカチを挿している。
若いころは、背広やワイシャツとの色合いを重んじていたが、最近は
むしろ質感を大切にして、最後の岡田賢三ブランドを愛用している。
財布をもたないとき、これを紙入れとしても使うのである。
(この財布についても、うんちくがあるが、いずれまた)
わに革の財布を、腹巻から取りだす人にはかなわない。
あらましの金額をハンカチにはさんで、さりげなく仲居に手わたす。
決して丁寧にくるんではいけない。ものなれた仲居なら、同席者にばれ
ないよう目立たない受けとり方を心得ている。(内田百フの項を参照)
廊下に出た彼女は、一目でチップかどうか知る(別の意味をもつこと
もあるだろう)。このたびは、あきらかに勘定にふさわしい金額なので、
まよわず帳場にもっていくはずだ。
はたして、つり銭を音たてないよう、紙幣で小銭をくるむようにして、
客にもどす。これとても、わざわざ支払いの礼をいったりせず、忘れ物
を手わたすような心得が必要である。
あるいは、つり銭をつつんだ紙きれを、あとで広げてみると電話番号
だったりすると、客はよろこぶにちがいない。与太郎は未経験であるが、
嬉しがって開いたら、溜まりたまった勘定書だったりすることもある。
◆ 藪の中の酒手
かつて与太郎が、書庫がわりに借りていた空家に、酒友・多羅尾君が
寄宿することになった。女房に逃げられて落剥していたのだ。
当座の酒手(さかて=飲み代のこと)を、長男に持たせた。
その後、何度も顔をあわせるのに、数週間たっても、反応がない。
「いつぞや、ことづけたものは受けとったかな」とたずねると、彼は
無表情に「そんなものは、受けとっとらん」と答えた。
あらためて長男に「ちゃんと届けたか」と念をおすと、当時十八才の
息子は目をうるませながら「ちゃんと手わたした」と答える。
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02月17日(金)
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