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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 土下座考
54年間の議員生活
原 健三郎 はら・けんざぶろう(1907〜)
兵庫県出身。早稲田大学卒。アメリカ留学ののち講談社に入社し、雑
誌「現代」編集長等を務める。戦後政界入りし、1946年(昭和21年)から
連続20回衆議院当選。進歩党・民主党を経て、自由党。61年衆議院副議
長、68年第2次佐藤内閣の労相就任。71年、第3次佐藤改造内閣で再び労
相に就任するが、72年、地元淡路島の成人式での発言が老人軽視と批判
を浴び辞任した。大野・船田派から同派解散後は中曽根派に転じ、80年、
鈴木善幸内閣で国土庁長官、86年には衆議院議長に就任。88年の消費税
国会の舞台回しに務めたが、翌89年、予算案強行採決の国会混乱の引責
で辞任。土下座して支持を訴える選挙運動で知られ、96年に尾崎行雄、
三木武夫に次ぐ在職50年を迎える。が、悲願の3人目の銅像は国会に建
てられぬまま、2000年に遂に引退した。小林旭主演の日活映画「渡り鳥
シリーズ」の原案者としても有名。
── The WebSite of Japanese Post-War Politics《戦後政治家列伝》
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/7643/jinbutsu.html
通称ハラケン。淡路島出身の93歳。第65代衆議院議長、自民党最高顧
問も務めた政治家。演説の後、はち巻きをした嫁が土下座をするのが有
名。議員在職50年以上は胸像がつくられる(これは歴代3人目で、他の
2人は尾崎行雄と三木武夫)。これに執念を燃やしていたが、老齢で動
きが緩慢となった今、本人がすでに銅像のようである。サンテレビの素
人参加のカラオケ番組では審査員もしていた。
── 《いなかもんの踏絵》
http://www.linkclub.or.jp/~keiko-n/hagyou.html
── 《Web!永浜商店》
原健三郎氏死去 元衆院議長、元自民党衆院議員
原健三郎氏(はら・けんざぶろう=元衆院議長、元自民党衆院議員)
6日午前1時52分、心不全のため東京都渋谷区の病院で死去、97歳。
兵庫県出身。自宅は東京都渋谷区広尾2の11の1。葬儀・告別式、喪
主は未定。
31(昭和6)年早大卒。講談社を経て、戦後第1回総選挙で政界入
り、以来連続当選20回。労相2回、国土庁長官を歴任した。96年、
史上3人目の議員在職50年の特別表彰を受けた。2000年の衆院選
を機に93歳と、「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄に次ぐ衆院歴代第
2位の高齢で政界を引退した。
86年7月に衆院議長就任、「自民300議席」の絶対多数をバック
にしていたが、売上税、消費税と税制問題で揺れ続け、さらにはリクルー
ト問題も発生して厳しい国会運営を強いられた。89年度予算案の自民
党による強行採決の責任を取って辞任したが、与野党からの辞任要求の
圧力に1カ月余りも抵抗した。
原 健三郎 衆議院議長65 19070206 兵庫 東京 20041106 97 自民党19960213在職50年
── 《土下座考 20041106 》↓
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19450815
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19880223
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20000324
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030813
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040202
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11月06日(土)
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