ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 訃報 〜 南 喜久雄の十年 〜
── 《大阪市立交響楽団 〜 過去の演奏会の記録 〜 すべての記録》
── http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/1550/record/record00.html
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 《虚々日々 P057 ゴリのケンケン》参照/吉田 肇の友人
  
  
  
 第三の執筆者 〜 南 喜久雄の逡巡 〜
  
 月刊《アルペジオ》の創刊にあたって、編集者自身の対談《一聴一席》
のほかに、当初つぎの三人の連載が構想されていた。
 小石 忠男《私のサロン》
 出谷 啓 《自作自演のレコード》
 南 喜久雄《未来への響き》(仮題=幻の連載)
  
 創刊のころに、大阪市立大学交響楽団の指揮者であった南 喜久雄は、
ベートーヴェン《交響曲第9番》に取組んだ直後(?)だった。
(第15回定期演奏会 19690111 大阪厚生年金会館大ホール)
  
 大学院生だった彼は《レコード芸術》の懸賞論文に入選しただけで、
力量は不明だが、編集者は彼に前衛音楽に関する入門・解説シリーズを
書かせることを思いついたのである。
 いわゆる音楽評論家や音楽ファンにとって、もっとも不案内な分野で、
なるべく論じたくない苦手ジャンルなのだ。もしも彼らが否定するなら、
それ以前以後に、なにほどの成果があったか思いだしてみるがよい。
  
 与太郎は、彼を自宅に招いて、月刊《アルペジオ》の構想を語ったが、
彼の反応は「いまちょっと忙しいので」というような態度で、もう一つ
はっきりせず、乗り気ではなさそうだった。
 いま思うに、たとえアマチュアであっても《第九》を指揮した直後は、
しばらく虚脱状態になるのは当然だろう。
 ところが与太郎は、そんなこととは知らなかったし、彼もまた事情を
語らなかったのは、そもそも話題になっていなかったからである。
 上の日付は、前後の日付がすべて11月か12月であることから、誤植の
可能性が高い。かりに(一月でなくて)年末であったとすれば、大作の
公演を企てた指揮者が、他のことも目に入らず、緊張のあまり逡巡した
ともみえる。(日付については、後日調査を要す)
 
 数週間のち、彼は(予告なしに)菓子折をもって訪ねてきたところ、
与太郎が不在で会えなかった。あるいは思いなおして、引受ける決心を
したとしても、創刊準備がすすんでいて、すでに門は閉じられていたの
である。
 
→《与太郎文庫》2004年02月28日(土)  自作自演 〜 デーやんの処女稿 〜
 
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 Mail'20040304 (木) 05:30 件名:南 喜久雄氏について
  
 前略
  
 小生はOBではありませんが、かつてトロンボーンOB・吉田 肇 君
(現=西山ドライブウェイ会長)を通じ、若き日の南 喜久雄氏に知遇
を得ています。
 氏の訃報に接して以来、貴HP(および掲示板からの引用)を通じて
記憶をたどっているうちに、気づいたことがあります。
 
>第15回定期演奏会 1969.1.11 大阪厚生年金会館大ホール<
 この日付は、前後の演奏会がすべて11月か12月であることから、誤植
の可能性が高いと思われます。
 ぜひご検証の上、ご教示ねがえれば幸甚です。
(表題の「大阪市立交響楽団」も「大阪市立大学交響楽団」ですね)
  
 なお、小生のHPで、つぎの章に故人のエピソードを紹介しています。
  
→《与太郎文庫》第三の執筆者 〜 南 喜久雄の逡巡 〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030129
  
 早々                与太郎 こと 阿波 雅敏
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>>
 
 Mail'20040305 (金) 01:37 Re: 南 喜久雄氏について
  
 阿波 雅敏 様
  
 過去の演奏会記録に関してのご指摘ありがとうございます。
 早速確認してみます。
  
 表題の誤りについては全て訂正いたしました。
 ご指摘ありがとうございました。

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