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与太郎文庫
by 与太郎
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■ シンフォニエッタ序章 〜 器楽部中興史 〜
セヴィツキーの助手を務めた。50年米陸軍に入りドイツ駐在。第7軍交
響楽団組織,ドイツ,オーストリアを演奏旅行、成功を修めた。53年ダ
ラスのエマニュエル大聖堂の音楽監督。交響詩「kinnereth」,VLAと弦
楽オケのための「2つの詩曲」等。
── http://lion.zero.ad.jp/hanao/composer/comp03.html
カール・ガイリンガーはアメリカ・ブラームス協会会長(生没未詳)。
著書《バッハ−その生涯と音楽 1967》など。ボストン大学教授?
クィンテット 〜 移調と変調 〜
つぎに、ヴィオラをどうするか。なにしろ楽器そのものがない。中学
の本宮先生にたのみこんで借りるのは簡単だが、そうなるとメンバーの
顔ぶれまでバレてしまう。すると先生は、言うかもしれない。
「そのメンバーでは、三年かかってもムリやないかナ」
これでは在学中に間にあわない。先生に甘えすぎて、中学生の助っ人
まで借りるようでは、高校の文化祭にそぐわない。
そこで、ヴィオラはあきらめ、ヴァイオリンを改造することにした。
最高弦(E)を外して一本づつ繰りあげ、最低弦(C)にはチェロの
弦を引きちぎって換えてみる。妙にカスれた音色だが、やむを得ない。
(四本ともヴィオラ用の弦に換えてみても、バランスが悪くて響かない。
アマチュアの場合こうまでしなくとも、ヴァイオリンのままで弾けない
部分だけ一オクターブ上げるなどして、充分たのしめるのだが)
いちばん温厚そうな福地君に、改造ヴィオラを手わたすと、
「あれ、テノール記号や。どこが“ド”やろ?」と楽譜をのぞきこむ。
彼が慣れるまで待てないので、あたかもヴァイオリンと同じつもりで
弾けるよう、譜面そのものを移調することにした。しばしば金管楽器に
用いられる手法であって、表紙に“Viola in F”と銘記しておく。
こうしていよいよ、器楽部の理事・宮本寿之君をソリストに迎えて、
モーツァルト《クラリネット五重奏曲・イ長調》第三楽章“メヌエット”
の練習にとりかかった。“ブラバン”との友好関係をアピールし、のち
の管弦楽団への改編をほのめかすねらいである。
もともと吹奏楽のクラリネットは“B管”で、原曲は“A管”だから、
ここでも弦楽器の譜面を、すべて半音高く移調してしまう。さいわい、
“イ長調”を“変ロ長調”に書きかえるだけで、技術的に問題はない。
(あくまで「原曲に忠実」であることを尊重する人たちもいるが、古今
の名曲に、移調そのものに趣向をもとめた例は少なからず存在する)
当時の文化祭は「校外発表会」と称して京都新聞ホールで行われた。
翌年には岩倉にチャペルが完成するが、交通の便から新築の祗園会館
に移った(選ばれた演目だけ、同志社“EVE”音楽祭にも出演する)。
実績のない弦楽同好会は、当日のステージを確保したものの、控室や
リハーサルの時間は与えられていなかった。楽器を抱えてウロウロして
いるところへ通りかかった高橋 勘 教頭に、すがりつく。
“カンちゃん”は名刺を取りだすや、さらさらと要件を書きこみ、さら
に別のポケットから印鑑を取りだして捺印された。
「受付の誰かに、これを見せて許可をもらいたまえ」
かくも頼もしい、あざやかな手並みは(いまも名刺を大切にしている
ほど)心に刻まれている。よって“カンちゃんの決断”(その一)。
おかげで、練習時間だけはたっぷり手にいれたが、演奏のできばえに
ついて語ることはむずかしい。わざわざ聴きにきてもらった本宮先生も、
「ちゃんと聴いたよ」と苦笑しながら帰ってしまわれた。
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桶端、桂 先輩、其の他 岩倉出身の方へ御願い致
します(昨夜は失礼しました)阿波君を紹介します、
器楽保管につき御高配下さいます様、願います(印)
同志社高等学校
教頭 高 橋 勘
京都市左京区岩倉 電話吉田F一三二七/六七八六
コモンズ 〜 器楽部長列伝 〜
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03月08日(木)
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