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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 早くセネカ!
しかしまだ“仙人”には達しない、俗世間もゆるさない。
僕は最期の“国民学校一年生”である。たしかな考証ではないが当時
の席順はイロハ順だった。戦後二、三年生で生年月日順となり、同志社
ではABC順だった。美術学校では五十音なので「遅刻がおおいのは、
最初に呼ばれるからだ」と強弁した。すると二年目なぜか最終二十九番
目に変えられたが、すぐに中退している。
フランスの電話帳は、名前順のほかに所在地順もあるという。実は、
十年前(今から廿年前)ささやかれていたのは、コンピューターならば
「瞬時にして五十音索引ができる」という噂である。ソートと呼ばれる
基本機能だが、当時は夢みるだけだった。
従来の人名録を“誕生日順”に並べかえたら、どんな序列になるか、
やりたくてしょうがない。数千枚のカードを蓄積しながら、スポンサー
を捜したが、「そんなもの何になるのか」と不思議そうな顔をされる。
つなぎに、地名順のデータブックを数種作るうち、ドサクサまぎれに
売り込んだ《誕生366》が誕生した。ついに数百万のワープロ導入、
パブリシティも成功して、十万部で三千通の手紙を受け取った。ただし
ノベルティから出版への壁は厚く、みずから苦節十年に終止符を打つ。
初期パソコン・ワープロの欠陥に泣きながら(今でも不満があるが)
ともかく夢の実験を果したのだ。いまなお書店で見かけるニセモノ出没
は、むしろ冥利である。
並べ換えて、珍らしがる時代はすぐに終わるだろう。当分は、新しい
革袋にむらがって、みんなが古い酒を酌み交わすだろう。新しい酒は、
たぶん僕の生存中は開発されないにちがいない。革袋に驚いている連中
が、あらたな流体を空想できるわけがないのだ。コロンブスもアメリカ
諸島をインド大陸だと信じて死んだ(この発想転換に数年かかった)。
それ自身に価値あるものはなにか。残された生涯日数は一万日未満、
ひとり仙人宣言をして、アルコールを絶つ。(カッコよすぎるかな?)
仙人は、何故カスミで生きられるか。教えると日本の経済システムが
崩壊するので、ヒントも示さない。友人諸君がことごとく引退し、年金
生活に入れば教えるが、そのころには、たぶん役に立たないだろう。
ついでに、君の専門分野にも関する疑問がある(公式回答をもとめる
わけではない、僕の手紙はつねに返信無用なのだ)。
つまり“知的所有権”は、ほんとうは存在しないのではないか。
むかし調べ物があって、NHK名画劇場《哀愁》の放映ビデオが必要
になった。ムダを承知で、皆様の「サービス・センター」とやらに電話
したところ、手に入らない理由を諄々と諭してくれた、感謝すべきか。
できない事情を知れば、俗人は本当に納得するのか(この件は、NHK
出身の映画評論家・田山力哉氏に連絡して、やすやすと入手できた)。
話がこんがらがるが、“九九”なども江戸時代までは指南料をとって
いたという。漱石の遺族も、没後五十年以上の権利を永続させるために
著者名を“商標登録”できぬか検討したという。“サザエさん”の先駆
である。いまごろは“編集著作権”などといいはじめ、寄せ集めの資料
に別人が、あらたな権利を付加する。
僕自身は、自作のニセモノを見れば冥利だと思う(仙人だからか)。
剽窃・踏襲されないデザインなど、ロクなものがないはずだ。俗人が、
ヘア・ヌードなど論じる余地がないものを論じるのは何故か(仙人は、
論じないが疑問を述べ、叱らないが、ときどき文句をいう)。
おしまいに、君に感謝したい。君が京都放送局のペーペー時代、僕に
写真の仕事を与えてくれたことだ。いいかげんなカメラマンだったが、
ほんとうに痛快な経験だった。あのころ君がベトナムへ行けといえば、
喜んで弾丸の中に飛び込んだにちがいない。
だが、いまや京都放送局のトップになったからには、断じていうこと
を利かんぞ、なぜなら僕も、すでに仙人なのだ!
他に会いたい友人のひとりは、文芸部の中西宏君だ。彼がスーパー・
マーケットごときに専従したのは、惜しまれてならない。人類史の損失
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06月05日(水)
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