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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 極月〆日の極東極刑
以下おなじく陸軍大将・土肥原賢二 (18830808〜) 、板垣征四郎 (1885
0121〜) 木村兵太郎 (18880928〜) 、参謀中将・武藤章(18921205?1215
〜) がつづく。
 唯一の文官として南京虐殺(19371213)の外相・広田弘毅 (18780214〜
19481223) は亡妻とおなじく禅宗の生前戒名を用いた。 東京の午前0
時は、ワシントンでは前日の午前十時、ロンドン午後三時、モスクワ
午後六時、北京では午後十一時にあたる。
 鬼検事キーナンを特命派遣した大統領、トルーマン (18840504?0508
〜19721226)はじめ各国の首脳は、二十二日(水曜日)降誕祭三日前の
処刑を確認している。
 はたして翌日には、刑をまぬがれた巣鴨のA級戦犯十九名が釈放され
たが、外務省顧問・本多熊太郎 (18741208〜19481218)、満州軍顧問・多
田駿 (18820224〜19481218?1216)の両人は、数日前に獄死している。
 最後のA級戦犯といわれた企画院総裁・鈴木貞一 (18881116〜1989
0715) は、百才二四一日(終身刑195509仮釈放1958赦免)の長寿をとげ
たが、A級容疑者やBC級の処遇はさまざまである。
 国外で、極刑三十九年忌に没した弁護士ハロルド・エモンズ (1912〜
19861223) 、GHQ諜報局で公職追放担当の日系三世、ジョン・相磯藤
雄 (19091214〜19871229) 、処刑執行人として特赦を下すマッカーサー
(18800126〜19640405) の専属カメラマンガエタノ・フェレース (1904
〜19911231)は極東の歴史的瞬間を直視した最後の外国人であり、ミズ
ーリ号艦上での降伏調印式(19450902)におけるソ連陸軍中将、対日占領
理事デレビャンコ (1903〜19541231) も被写体の一人だった。
                           (19920827)
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 釈+α=釈迦の門人の意。真宗で僧名に冠す語。
 誤=東条 英樹

12月23日(水)
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