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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 九月丗日の架空暦 〜 ロビンソン・クルーソーの生涯と冒険 〜
暦」火曜から水・木・金・土の順に、おのおの五日づつ歩みよるならば
両者は日曜日において合致する。妥協的な中間の「架空暦」が成立する
のである。
つぎに、一年後「計算による島で過した日数が、実際よりも一日か二
日足りない」と自覚し、二年目のなかば(16610628)には「たしかに一日
たりない」と確信する。
その理由として、病気で翌ー日まで眠りつづけたことや、赤道を何度
も通過すれば数日の誤差が生じるなど、あり得ない自問自答が、全編に
わたって繰りかえされる。
この説明は容易で、救助船が世界一周の帰途であり、日付変更線の知
識がなければ航海誌の日付は一日ずれているのである。
マゼラン(Ferdinao de Magalhaes,1480?〜15210426/0427J) 憤死後の
ヴィクトリア号帰還(15220906J) 以来、地球を一周すれば一日の時差が
生じることは立証された。
ほぼ二百年のちの、ダンピアはともかくロジャーズまで知らなかった
のだろうか。
むしろ、デフォーは読者を試したのではないか。些細な矛盾が読みと
ばされるのは魅力あふれる長編として不思議ではない。
謎につつまれているのは、デフォー自身の生没年月日である。
《西洋人名辞典1981岩波書店》によれば[ 1660〜17310424 ]、《学習
人名事典1978 三省堂》では[1660? 〜17310426 ]とする。さらに、生家
の看板は“1660〜1731”であるが、墓標には“1661〜1731”とある。
生年月日の対象となる期間は、一般的に[16601222J/16610101G〜1661
0101J/0110G]の十日間(土曜〜火曜)に限定できる。
当時イギリスの年初が「聖母マリア受胎告知の日0325」であったこと
を考慮すると[16601222J/16610101G〜16610324J/0403G]の九十三日(土
曜〜土曜)に拡大される。
晩年の流行作家は、若き日の借金を返せないまま出奔している。その
隠れ家で遺体が発見されたのが四月二十六日、死亡推定四月二十四日
(土曜)、生涯日数七十一年一カ月以上、五カ月と二日未満であった。
(19920525)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090930 漂着記念日 〜 The 350th anniversary of landing 〜
原題=九月三十日の架空暦。のち「三〇」→「丗」(Jis追加により)。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19871001 ルサコフ 〜 九月三十一日生れ 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090311 如月の望月 〜 花のもとに生れて死なむ 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090920 露越同舟 〜 此岸から彼岸過迄 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19671127 晩秋小雨の宵 〜 文化勲章 vs 人間国宝 〜
(20090930-1123)
09月30日(水)
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