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与太郎文庫
by 与太郎
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■ PRAD《印刷入門》 発題:販促の拠点
 その場合のユダは、もちろん製作者であります。非難は監督から脚本
家、カメラマン、照明係におよびます。
 
 11月25日(金)三木記念ホールで全日本CMコンクールの映写会があり
まして、ご同席の吉藤さんに誘われて、観てまいりました。
 数秒の作品から、数分におよぶコマーシャルを、絶えざる連続映写で
眺めるわけでして、実のところ私は、一時間もしないうちに疲れはてて、
吉藤さんとともに会場から逃げだしました。
 秀作であればあるほど、瞬間的な集中と緊張を迫られ、駄作であれば、
その数秒が耐えがたい重圧となってくるのです。つまり、それほどのエ
ネルギーを秘めているのが、今日のコマーシャルなんです。
 せっかくですから、私たちの観た作品だけでもご紹介しますと、大別
してつぎの四つのグループになります。
【 国際版 】アメリカについでイギリスのものが多くわがナショナル、
ホンダ、トヨタなど堂々たる貫禄ぶりです。たとえばゼロックスなど、
日本版とイギリス版の二種類があり、その対照は興味あるものでした。
【 日本全国版 】一部の準国際版ともいえる作品の他は、おなじみの
コマーシャルばかりですが、欧米の作品と異なる点は、計算されたユー
モア、というような面で何かとりちがえているのではないか、と思われ
ます。
 この点は、かりに“情感の設計、訴求の技術”と呼んでおきましょう。
【 日本地方版 】山陽・中国地方のものは、幸か不幸か観られなかっ
たのですが、前述のとりちがえが、より強く感じられました。ローカル
色というものが、意外に共通していること、むしろ予算の限られたテロ
ップの作品に活路があるように思われました。
【 発展途上国版 】たとえば、台湾・韓国などで放映されているもの
らしいです。聞きなれない言語や、極彩色でのアニメーションなど、と
きには観客の失笑もありましたが、私にはむしろ、ひたむきな情感とし
て映ったものも少なくありません。
 
 情感と訴求
 
 情感の設計、と申しますのは、ドラマ性といっていいでしょう。人間
の興味や好奇心を引きだす技術ですね。心理学的な順序で、観客に好ま
しい余韻を与えるためにたとえば起承転結とか、序破急のような様式が
設定されるわけです。
 表現としてもユーモアであったり、喜怒哀楽の状況をわずかな時間内
に説明するわけですが、それ自体は使いふるされた、あるいは誰でも知
ってる世界ですから、何がポイントになるかというと“意外性”ではな
いでしょうか。
 あっと驚かせるもの、しみじみと納得させるものなど意外性ひとつに
絞ってみても、多くの手法があります。今日のコマーシャルに関してい
えば、いかなる意外性も絶えずくりかえされるべきものとして考えねば
なりません。計算されたユーモア、というものが、こうした反復性を考
慮しているかどうかが、当面の課題でしょう。
 もうひとつの課題としては、技術というものが、それ自体ひとつの主
張になり得るように思えます。
 たとえば色調の統一です。ひとつの作品を、一貫した色調で表現する
ことはもちろんですが、そのためには、いわゆる適正露光というような
観念を捨てることもあるわけです。光学的に忠実であることが、かなら
ずしも正しい結果をもたらさない、個有の感覚を与えられないという問
題です。
 そこで、最近のテレビ映画《アンタッチャブル》などセピア調という、
往年流行した色調を採用しています。カラーフィルムを使って、わざわ
ざモノクロ時代の再現を試みている例です。
 もうひとつの例では、最近の新着映画《ニューヨーク・ニューヨーク》
も、どことなくセピア調を思わせる色彩です。いずれも、ストーリーの
時代性を強調した結果であると思われます。
 こうした単純な目的のものだけでなく、もっと人間の深層心理にふみ
こんだ段階で、黄色っぽい画面とか、青っぽい画面が登場するのは、き
わめて当然のなりゆきでしょう。意図的に作りだされた色調というもの
は肌の色や空の色、すべての事物を忠実に再現することよりも、カメラ

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12月05日(月)
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