ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 弓弦十話 (その2)
 チェロが、5度調弦を強いられた、たったひとつの理由は、ヴァイオ
リン、ヴィオラに準ずる、というよりは、共鳴ないし残響の点において
でなかったか。
 共鳴音が、一定の静けさのなかで、いちばんよく響くのがチェロであ
る。共鳴は、概して低い方からの影響が強く、たとえばコントラバスの
G弦と、チェロのG弦は同じ音程であり、どちらかが強く弾くと、他方
は何もしなくても共鳴する。
 こうしたこだまのような現象は、とくに無伴奏の場合に、4本の弦の
なかで、しばしば生じることになる。ある音高を弾いた場合に単音のつ
もりが、もしどれかの開放弦と同じ音程あるいは8度音程であれば、そ
の瞬間、二本の弦が鳴っているわけである。
 もうひとつの場合は、オーケストラないし弦楽奏における例である。
 チェロとコントラバスは、永い間、8度平行で、ともかせぎしてきた。
両者を、それぞれの働きに独立させた最初の作曲家を、かりにベートー
ヴェンだとすれば、その《運命シンフォニー》に、顕著な例をみること
ができる。
 第2楽章、80小節に、両者のCがフォルテで居のこる部分がそれであ
る。

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 譜例3  ベートーヴェン《交響曲・運命》

 ()内のCは、今日では5弦あるいは可変調弦式のコントラバスによ
って出し得る、最低音で、もちろん開放弦である。ベートーヴェンの時
代でも、用いられていたであろうしこの部分に限っては、とくにそれを
要求したにちがいない。
 このあたりになると、可聴音域の限界に近いせいもあって、レコード
でも実演でも、楽譜から想像されるほど、鉛のごとき重々しさは聴かれ
ない。ましてベートーヴェンは耳が悪かったし、彼にあっては、他の多
くの部分と同様に、想像力だけで書いたものと察しられる。
 しかし、これを弾いているチェリスト、コントラバス奏者は、いやで
もその意図を感じないわけにはいかない。かりに20本の弓で、弾いた場
合、4の指(小指)を離さなければ40本の弦が鳴るわけである。そして、
おそらく誰も離さないはずである。
 おおげさにいえば、あるいは耳の秀れた人なら、ヴィオラのC(やは
り開放弦)も鳴っているのが聴こえるかもしれない。

05月01日(土)
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