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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 一聴一席B京響・昨日今日 高山 義三 国際会館長をたずねて
── 13才となった京響は まず例年くり返されてきた存廃問題 こと
し そのきっかけになった常任指揮者の政治的発言の云々 さらに嘱託
楽員の待遇改善要求など 三つどもえの論議を生じましたが 生みの親
としてのお考えをきかせてください
高山 京響の赤字については ぼくは創立のころにいったはずだ 市民
へのサービスが本来の使命であり 市民が喜んでくれることが 最大の
収穫なんだ 商売でやるなら株式会社・京響でやればいい まして交響
楽団たるもの何といわれても 要るものは要るんだよ ドサ回りをして
タカのしれた金もうけをやるとか 入場料の値上げなど もってのほか
だ ただし年に一度 東京へ行って腕だめしをすることは必要だ 一種
の武者修業としてね その帰りに二三の寄り道をするくらいは いいだ
ろう
── 生きた文化財を育てるには お金もヒマもかかるようですね
京響にとっての常任指揮者は いわば一定期間のお客様でもあるわけで
すね ところが そのお客様の言動で母屋の存廃が論議されたのが 今
回の特徴のようですが
高山 個人としての思想は まったく自由であっていいわけだ そのこ
とは政党政派の問題ではないのだが 一方 交響楽団の指導者としての
公的な立場もなくはない そのへんは外山氏も すでに気づいていると
思うが だいいち 指揮者としての力倆に問題があるなら話は別だが
ただ常任指揮者というのは 明日ちょっと代りにきてくれというわけに
はいかんのだ
── 交響楽団としての性格から 楽員の待遇についても二通りの解釈
があるようですね たとえば人件費とみるか 出演契約料とみるか
高山 たしかに市の正職員と嘱託とでは そういった保証の面ですっか
りちがってくる だが交響楽団にあっては 何より音楽家としての力を
問われるのが当然だとぼくは思う 京響もはじめは いわば寄せあつめ
だった 厳しい試練と淘汰を経てこそ オーケストラは成長していくの
ではないかね 一般の労働問題とは別の考えで取扱うべきだ
── 大学紛争でいそがしかったとみえて こうした議論の経過も地元
新聞は 二三の投書と市会の報告だけで あまり熱心でないようですね
高山 そうかもしれん かつて カウフマン氏のときには こんなこと
もあった ぼくが出張から帰って京都駅に降りたつと 新聞記者がきて
いる 何事かときくと“京響エライことですな”という 指揮者と楽員
の仲がどうとかいっている そこですぐカウフマン氏に会い 楽員とも
語りあった 数日後の演奏会では一波乱あるのではないかと 一部の人
たちは気をもんでいたらしいので その前にぼくは両者にいっておいた
“こんな時にこそ君たちは音楽家としてハッスルせよ しっかりやれ”
その結果はすこぶる上出来だったらしい そしてプログラムの終りに
カウフマンとコンサート・マスターが 堅い握手をかわしたものだ
── ところで 館長は ずっと以前からのレコード・ファンだそうで
すが
高山 今でこそ レコードをたくさん持っているから 音楽市長とか
いわれて すっかり音楽に精通しているようにみえるらしいが 実は
戦争中 日本に数台しかなかったという大きな蓄音機をもっていて 今
も大切にしているが 当時 十字屋の荒川盛亮という人が ぼくの家の
筋向いに住んでいて この人の解説で 近所のインテリを集めてレコー
ド・コンサートをよくやったものだ その後市長になってから ぼくが
さかんに音楽を奨励するものだから ぼく自身の趣味のようにとられた
らしい 音楽行政といっても 決して趣味や思いつきでやったんじゃな
くて 市政の一環として ぼくの政策でもあったわけだ その構想も
ほぼ実ったようだし 今日の段階からみて 京都も音楽文化都市といわ
れるにふさわしいと思う いまの富井市長も この点にさらに力を入れ
てくれることと期待している 政党政派といっても 音楽行政の面では
関係のないことなんだよ (1969・5・19・館長室にて)
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05月19日(月)
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