ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 真白な論文 〜 恩師の条件 〜
 ×  ×  ×  ×  
 
 ケンちゃんは、ほんとは学者にしたい人である。湯川門下の高弟であ
る。ノーベル賞の取りそこないである。同志社中学・三高・京大の秀才
コースを取り乍ら、母校愛の故にノーベル賞を捨てたといってよい。か
かる俊秀が、礼拝遅刻の生徒をひっつかまえるべく、岩倉の寒風に立っ
ているのは、はたから見ていささか気の毒な気がせんではない。案外、
本人は平気どころか、それを光栄ある職務と思い込んでいるのかも知れ
ないがね。あれ程の頭脳学力を備えながら、ちいと惜しいと思うのは、
僕だけだろうか。
 
 ×  ×  ×  ×  
 
 ほめついでにほめ且つけなしておこう。ともかく、ケンちゃんは頭が
よい。その証拠に国語の文法がよくできる。今国語の先生以外で、国文
法が分かるのは、ケンちゃんだけである。変格活用まで立派に言えるか
ら大したもの。京大合格率90%はひいき目なしにさしあげよう。ところ
が、ケンちゃんの、長所といゝましょうか、短所と言いましょうか、え
ゝ要するに凝り性なんですね。野球はキャッチャー専門、水泳は平泳専
門、柔道も大したことはない乍らそこそこ。百人一首は名人級、囲碁は
岩倉棋院名誉九段、といった調子。これひとえに「頭脳+凝り性」の結
晶のかたまりである。「凝り性」の別名は「熱心」であり、またの名を
「阿呆」という。ケンちゃんの風邪ひきの原因は、これ悉く凝り性の故
と思ってよい。なんでも、クタクタになるまでやっている。どうたもの
かしら。
 
 ×  ×  ×  ×  
 
 話題一変。ケンちゃんは臆病である。理科教室炎上後、宿直の折、こ
の美点は遺憾なく発揮された。その頃真夜の岩倉の怪談がさまざま乱れ
とんだのだが、およそケンちゃんに関係のないものはない。異様な声を
聞いたのも、怪しげな人影を見たのも、みなケンちゃんであった。もっ
て知るべし。君らの修学旅行の時、夜は必ず、僕はケンちゃんのそばに
ねてやった。夜のお便所に一々小生が起されたのにはいさゝか閉口した。
別府の最後の日、辰野君(旧二C)の急性盲腸炎のため入院し、その故
ケンちゃん一人別府に残らねばならなかった時、波止場のケンちゃんの
顔は見られたものではなかった。前の晩、「あゝ、もう明日は船の中」
と、帰洛の日が目前に迫ったのを手に手をとりあって喜んでねたのに。
華やかなバンドの中で、ショボンとした彼の顔、今に忘れることができ
ない。
 
 ×  ×  ×  ×  
 
 ケンちゃんはよい男である。僕は敬愛の二字を彼のために惜しまない。
ケンちゃんの名をカタ一郎と読んで、かなづちの如き人物と思い込んで
いる人々よ。一度腹をわって話してごらん。W過剰は彼を尋ねてMを問
え、M過はWを聞け。ドライ、ウェット又然り。無論彼が完全無欠揺ぎ
なき大至聖とは僕も思わぬが、君たちのよき司級でありし如く、将来も
又よき相談役であろうことをこゝに明白に証言しておく。
 
── 《卒業記念誌 19570316 同志社高校三年F組》P16-17
 
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03月18日(月)
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