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与太郎文庫
by 与太郎
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■ Never too late ! 〜 セミプロ・プロ・アマ 〜
 結局ふたたび裸のチェロをかついで、楽器屋へ出かけることにした。
苦情をいうためではない。
 傷ついた自分そのものを癒してもらうためには、そこで相談する他は
なかった。駒柱の倒れたチェロは、いわば病人である。車でおごそかに
運ぶことがふさわしい、と決めた。
 タクシーに乗ることにした。病人であるし、荷物としてもかなり大き
い、近いところだけれども、タクシーを奮発した。楽器屋のすぐ近くま
できて、車を降りてから金を払うときに、ズボンのポケットに手を入れ
た。右手のポケットになくて、左手のチェロを何気なく、他にいいよう
がないが、馬鹿なことをした、と誰かに叱られるのは、いつだってそん
な具合になるのだ。
 金を受けとったタクシーは、チェロを少しの間立てかけた車は、何の
前ぶれもなく、前ぶれのあるはずはないのだが、走りだしたのだ。
 当然なのだ、客は降りたし、金も払ったのだから、走り出すのは当り
前なのだ。だが、そんなことはどっちでもよかった、自分の、ボクの、
チェロは、もともと傷ついているのに、哀れな病人なのに、私の差し出
した手から逃げるように、もんどりうってアスファルトの上を転がった、
たぶん、ガランガランと音がしたに違いない。誰かが立止ってこちらを
見ていた。
 どんな格好になってしまったのか、しばらくは見当がつかなかった。
 それが、演奏会のステージでは、奏者の脚の間から、すばらしい音の
うねりを聴かせる楽器であり、奏者のいない時は、椅子にヒョイと、い
かにも無造作に立てかけてあったり、楽器屋の店頭では壁にぶら下って
いたり、そんな格好は何度もながめていたから、いつでも想像できた。
 だが、駒柱の倒れた病人みたいな、それが、タクシーに突きはなされ
て、路上で転がっているさまは、初めてなのだ。ひどい事になってしま
った、と手を出すまで、実はよく判っていなかったらしい。その、首の
部分に手をやった時、そして4本の弦を巻いたままの首が、胴体から離
れて、クラッと持ち上った時、斧で断ち切ったように真白い木肌が見え
たのだった。ひざの上でヘシ折ったように、ワリ箸をポキンと折ったよ
うに、その部分は、あおざめていた。一本のチェロは、4本の弦と首と
銅と、駒と駒柱となって、バラバラになってしまっていた。とにかくそ
うなってしまっていた。
 私は、そのひとつひとつを抱えあげて、楽器店に入っていった。
 ほんとうに何が何だか判らないけれども、惨めな気分だった。
 いつだって、うまくいかない時はこんな具合なのだ。それにしても、
何か起るごとに惨めな気分は前よりもさらに烈しく、切ないものに姿を
代えてくるのだろう、と楽器屋の中を見渡しながら考えていた。
 女の店員がどうしたんですか、と寄ってきて。私はうまく説明したつ
もりだった。
 タクシーに少しの間立てかけるつもりだったのが、タクシーが、アッ
という間に走り出したので、という風に、逆に説明しているうちに、そ
の先を忘れてしまった。
 なぜタクシーに乗ったのか、なぜ家を出たのか、なぜここまで運ぶ必
要があったのか、……(未完初稿)。
 
 この修理代金6000円は、金谷先生に借りた。
「親には内緒にしてください」と念をおしたものの、先生は母に対し
「えらいもん買うてしまいましたなぁ」と嘆息されたそうである。
 
 *=駒柱→魂柱が正しい。本稿(帰京ノート90-95)は「十四年前」
とあり、1956年から起算すると1970年の草稿と見えるが、未確認。
 タイトル「第一のチェロ」などは、2000年以後の補筆。
(1966ca-20070813)
 
 Ex libris Awa Library;やまなみ 11号(欠本)
 旧題;山脈・第十一号
 以下は、どれも日付未詳だったので、六月六日にまとめた。
 
── 《山脈・第11号 195606‥ 同志社高校文芸部》
 ホザナ・プログラム(紛失)と同じ(有賀文庫・参照)(20090507)
19560616(土)ホザナ・コーラス発表会11“DHS”表紙デザイン(大島 芳孝・補正)
 

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06月06日(水)
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