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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 転才 〜 くもとハチのはなし 〜
負けた”と思った時はすでに遅かった。くもが勝ったのである。
二十三日前、くもが最初ガラス戸に閉じ込められた時、くもは今日出
られると思っていたゞろうか。
二十三日もの長い間出られる日を待って居たくもは、じっと動かず時
を待った。
じっと死んだ様になって待っていた。
このわずかな一センチほどのすき間が生命の道だった。
この道を通って外へ出る日が来るまでガラス戸のくもはじっと待って
いた。生きる為に……。
このくもの辛抱強さと忍耐力と、すべてを捨てゝじっと待っていた心
がまえは、わずか一センチほどのせまい生命のためだったのである。
── そして動いた。そして、このくも事件は私の心に何か打つものが
あったのである。
今頃は思い切り美味しい御馳走にありついているくもを思い出しなが
ら、もし言葉が通じるのなら“くもさんよくがんばりましたね”と云っ
てやり度い気持がした。
そして、このくもの話は、ただそれだけしまっておく気持になれなか
った。
何か、私たちの生活の仕方に教えられるものがある。
と、ぼんやり思ったのである。
── 《素描・第一号 19520401 さゞなみ同人会》P02
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滴一滴 〜 コラム 〜
「晩秋のある日、陽ざしの明るい午後だった」とあるから、時期的に
はちょうど、いまごろを言っているのだろう▲尾崎一雄の短編小説「虫
のいろいろ」の書き出しだ。戦後間もなく、病気で床に伏していた作者
は、ラジオからバイオリン曲が流れてくると同時に、部屋の隅にいた一
匹のクモがするするとはい出してき、浮かれたように歩き回るのを見た。
曲が終わる。クモは少しテレたようにこそこそと姿を消した▲偶然とは
いえない、「これは油断がならないぞ」と思い、あらためてノミやハチ、
ハエといった身の回りの虫たちの習性に思いを致す。無意識ながら一様
に生きようと懸命に努力していることを発見する。▲対象を見詰める目
の確かさはさすがだ。この時代、虫が、特にハエが多いことにも気がつ
いた。「天井板にしがみついていて、陽のさす間は、縁側や畳に下りて
あっちこっちしている」とある。病臥している作者の顔にまでたかり遊
び場にする▲ここで作者は世にも珍しいことをやってのけるのだ。額に
とまったハエを追うというはっきりした気持ちではないが、眉をぐっと
つり上げた。急にできた額のしわ。そのしわが、ハエの足をはさんでし
まった。額でブンブンという大きな羽音。「おい、だれか来てくれ」。
そして家族の笑い声▲作者をまねて鏡に向かって眉を思いきりつり上げ
てみた。深いしわが入る。そんな年になったのか、これならやれるなと
思う。だが、晩秋といわず夏でさえ、もう何年もハエはいない。
── 《滴一滴 19981107 山陽新聞》
蜘蛛百態 〜 死亡記事 〜
錦 三郎 短歌・くも研究 1915‥‥ 山形 福島 19970508 82 /〜《蜘蛛百態》
── クモが糸とともに上昇気流を利用して舞い上がる「雪迎え現象」
を研究。64年「蜘蛛(くも)百態」でエッセイスト・クラブ賞、75年に
斎藤茂吉文化賞などを受賞。92年、東北の地域文化への貢献で文部大臣
表彰。短歌結社「山麓」選者。 ── 《山陽新聞 19970511 》
07月16日(木)
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