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Kenの日記
by Ken
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■松本清張「眩人」
松本清張の歴史小説「眩人」を読みました。文庫本500ページを超える長編大作なので読み終えるのに一月以上を要しました。「眩人」というのは奇術・曲芸をやる芸人で、医薬・医療にも通じた「超能力者」にような人を指します。小説では天平時代の中国から帰国した「玄オ」と彼が連れてきた「李密翳」(リ・ミツエイ)が天平の宮中で権力闘争を展開します。「李密翳」はペルシャ人で「ゾロアスター教徒」として日本では知られていない医薬・医療技術を習得しており、玄オが権力を握る過程で縁の下で力を振るったことになっています。

ペルシャ(現在のイラン)では6世紀末から7世紀にかけて大きな変動に襲われました。それはアラブに起こったイスラム教徒の侵入です。それまでペルシャはゾロアスター教の世界でありギリシャ・ローマのヘレニズム文化を吸収し、世界でも先進的な文化国家となったのでした。その後アラブ人・イスラム教徒の侵入があってもそうした文化は社会に保存され、中世暗黒時代で疲弊したヨーロッパのルネサンス時代を支えることとなったのでした。

暫く滞在していたインドの「ムンバイ」はペルシャから脱出した「ゾロアスター教徒」のコミュニティがありました。彼等は「パルシー」と呼ばれ、インド最大の都市ムンバイの社会で一見目立たないように暮らしています。しかしインドの「TATA」財閥がパルシーであることを始めとしてインド経済界では隠然たる力を持っています。ムンバイの街には幾つもの拝火教教会があり、パルシーの人達の立派なコロニーがあります。

当時の国際都市「唐の長安」にはそうしたペルシャ人が多く流入していたことは十分あり得ることです。そして他の宗教徒は絶対に入れない「拝火教教会」での宗教儀式とか、拝火教徒どうしでしか婚姻できない風習とか、珍しい「鳥葬」儀礼だとか何かと神秘的なゾロアスター教(拝火教)は人々の注目を集めたものと思われます。そうした「長安」に派遣された留学僧「玄オ」は拝火教徒の魔法のような宗教儀式を知り、拝火教徒の「眩人」を日本に連れ帰ったのでした。

松本清張がムンバイのパルシー社会を取材していれば更に興味深い小説になったのではないかと思われます。
02月23日(土)
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