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Kenの日記
by Ken
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■ガンジーの命日
今日1月30日は「マハトマ・ガンジー」の命日です。インド独立の父のガンジーは1869年10月2日にグジャラートで生まれ、1947年1月30日にニューデリーの静養先の財閥の家「ビルラハウス」で暗殺されました。犯人は急進的なヒンズー教徒でした。この年1947年8月15日にインドは独立を果たした(パキスタンの独立記念日は8月14日)のですが、一部のヒンズー教徒からは「パキスタンの独立はガンジーが妥協したことが原因」とみなされてしまったのでした。
ニューデリーの高級住宅街にあるガンジー記念館は、ガンジーが晩年を過ごした場所でガンジー部屋が保存されていたり、ガンジーの業績を紹介していますが、その庭にはガンジーが暗殺された場所が保存されています。ガンジーの歩いた足跡は家から出て庭を散歩していくのですが、庭の途中でそれは途絶えます。そこに祈念碑が建てられています。
またムンバイにもガンジーが暮らした家(1917−1934)が保存されていてガンジー記念館になっています。こちらにはガンジーの生涯の重要な出来事を紙芝居のような模型をつくって展示しています。なかなか面白いです。
ガンジーは貧しい人とくに低いカーストの人々の救済運動を進めました。ガンジー自身も非常に質素な暮らしをしたのですが、「身分制度(カースト)」制度そのものの撤廃までは考えていなかったようです。この点は不可触民カースト出身の「アーベットカール」とは立場を異にしています。
ニューデリーガンジー記念館庭に残されているガンジーが銃弾を受けた場所。
ムンバイ「マニ・バワン」(ガンジーハウス)の看板。看板には1919年にこの家から「Satyagraha(非暴力)」運動を、1932年には「不服従運動」を開始したと記載しています。
マニバワンに掲示されていた当時のポスター。ヒンズー教徒とイスラム教徒の融和を求めたガンジーのメッセージです。
マニバワンに展示されているガンジーの生涯。これはガンジーが父の看病をしているところだそうです。
01月30日(水)
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