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Kenの日記
by Ken
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■今日の出来事
5月23日は私の人生の中でも忘れることのできない日になるでしょう。すこし長いですが忘れないうちに書きます。
義妹(妻の弟の奥様)が昨日亡くなり、残された家族・親戚の方たちのことを考えると、ぜひ帰国して葬儀に参列し、少しでも力になりたいと考えました。通夜が23日・葬儀が24日という連絡を妻から受けたので、22日(木曜日)の夜にスリランカを発つと少なくとも葬儀には参列できるので、帰国を決心し会社で方々の手配を済ませましたた。来週の火曜日はこちらの会社の取締役会・水曜日は年次株主総会が控えているので日曜日の午後に日本を発って月曜日の早朝コロンボに戻るという強行日程です。
スリランカから日本に戻る方法は3つあります。
1.コロンボからシンガポール経由で行く方法(シンガポール航空利用、シンガポール・成田はシンガポール航空利用)
2.コロンボからバンコク経由で行く方法(キャセイパシフィック・日本航空を乗り継ぐ方法)
3.コロンボからモルジブを経由して成田に行く方法。(スリランカ航空・ダイレクトに近い)
ここで、例のSARSの影響からシンガポール航空便はシンガポール・東京間が週二便運休(金曜は運休)。スリランカ航空便は隔日運転で金曜日は運転なし。従って、23日早朝はバンコク経由のキャセイ・日航しか選択枝はありません。これを予約したのでした。
コロンボ出発午前2時45分、バンコク着朝7時10分。乗り継ぎの日本航空は、バンコク朝8時40分発、成田午後16時40分。スカイライナーに飛び乗り、日暮里でJRに乗り換え、上野から長野新幹線で長野まで行き(約1時間半)、長野から長野電鉄線で実家のある須坂まで30分。夜9時前には実家にたどり着けると考えました。
私は、成田空港についてから、空港のスカイライナーまで走り、日暮里でも階段・改札の場所を頭の中でシミュレートし、肝心の上野駅では最短で地下四階の新幹線ホームまでたどり着く構図を頭に描いていました(この長野新幹線が曲者なのです)。
さて、コロンボのバンダラナイケ国際空港ですが、シータの旦那さんに運転を頼んで、余裕で23日の0時30分には到着し、搭乗手続きを始めました。発着案内ボードには、キャセイ航空便バンコク行きに「遅れ」のサインがあり、4:00出発となっていました。手続き窓口で確認したところ、「一時間くらいの遅れなので、8時00分にはバンコクに着く。40分あれば乗り換えは楽勝。心配するな」ということなので、午前1時30分出発のシンガポール便のコロンボ・シンガポール便を見送ってキャセイに予定とおり搭乗手続きをして、出国手続きを終えました。
出国手続きが済んでしまえば、後は飛行機の出発を待つだけです。午前4時まで時間があるので長椅子に横になって少し眠ることにしました。
しかし、午前3時ごろに周囲が騒ぎ出したことで目を覚ますと、何人かの客が航空事務員と結構激しく口論していたのでした。近くに行って様子を聞いていると、キャセイ便の遅れは相当大幅なものになるということなのです。なんと23日の午後3時出発。実に12時間後になるという情報なのです。
私は12時間このままコロンボで無駄に過ごすことはできないので、何とか別の便を使えないかキャセイの職員と交渉しました。でも彼らの説明は要領を得ないものでした。キャセイ便搭乗予定の人が詰め掛けるし、対応は遅いし(夜中なので人がいないのでしょう)、とんでもない混乱した光景でした。
結局なんだかんだあって、最終的に午後3時のキャセイ便でバンコクに行きJALに乗り換える方法が日本に行く最も早い方法だという説明を受けました。それだと24日の朝6時45分に成田のつくのだそうです。朝7時のエミレーツ航空便がクアラルンプール経由でシンガポールに行きますが、それでクアラルンプールとシンガポールに行ったとしても、その後の成田までの乗り継ぎがないのです。成田は朝の6時から着陸開始なので、夜に着く便を逃してしまうと朝まで便はないのです。
こうなったら仕方がない。早朝に成田に着けば、頑張って午前中に長野にたどり着けると算段し、午後からの葬儀に参列すべく覚悟を決めました。
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05月23日(金)
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