ID:81711
エキスパートモード
by 梶林(Kajilin)
[5183674hit]
■死産の果て。
嫁のつわりは続く。
胎児の生命がなくなったからといって、
この苦しみも一緒になくなるわけではないのだ。
いつものノリなら
「偽りのつわりとはこのことだ」
などと山田君が全速力で座布団を奪いに来そうな
お約束をかますのだが、そういう雰囲気ではない。
(でも山田君は子沢山なんだよなあ…あやかりたいなあ…)
よく「産みの苦しみ」と言うが産まれる筈もない、
見返りなど何もないこの苦しみは何だというのか。
理不尽な話だ。
死産の宣告を受けたショックに加え、肉体的にも
苦痛を味わなければならない彼女が不憫でならない。
それでも嫁は
「お腹すいた」
と言ってきた。食欲が出てきたようだ。
「そうか、何を食べたい?」
「牛丼」
「お前、随分重いもの食いたがるんだなあ」
そう言いつつも僕は嬉しくなって速攻で吉野家へ買いに行った。
「吉野家だー。これにね、卵をかけて食べるんだー」
僕が嫁の分の牛丼を渡すと嫁がそんなことを言った。
「卵」と聞いて、「卵巣」とか「受精卵」といった
今あまり聞きたくない単語を連想させられてビクッとしたが
嫁は全然気にしてないようだ。
僕のほうが気にし過ぎなのだろうか。
じゃあ、僕も卵を…と、気を取り直して冷蔵庫を開けた。
「あの…卵、一個しかないんだけど」
「あら、そう?」
「…いいよ、君に、やる…」
「ありがと」
少しずつ、明るさが出てくればいいのだけれど。
07月29日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る