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やさぐれ日記・跡地
by アルティーナ
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■否定する資格
何年ぶりか(ぉぃ)リアルタイム日記。
ぉぅぃぇーハイテンション!!(最初だけ



最近、昔読んだ小説などを読み返すことが多いのですが。

この文章良いなぁ、と思ったページには折り目をつけているシリーズ小説があって。

当時のように今も良いと思う折り目のページもあれば
以前ほどは重要だと思えない文章もあり、

又、折り目のついていないページから「これイイ」と思える文章が見つかったりします。
そういうことから自身の価値観の変動を認識したりしているのですが。


物凄く「コレは大事だ!」と再認識したことが2つあって、
おそらくずっとか、少なくとも今後暫くは影響を与えるだろうこと。

その1つをもとにして、ちょっと書いてみます。


ある日記の内容を引用しちゃうんですけど、まぁ許して下さい(ぉ




アメリカ産の牛肉、輸入再開されるようですね。

政治・経済・世界情勢ネタは個人的に思うところあって、日記では滅多に(つか語ったことあったっけ?くらいの勢いで)書かないのですが。


賛否両論あるでしょうが、その人の日記は輸入に対して否定的でした。
私もまぁ、「ホントに大丈夫ナノカヨ牛肉」と不安に思う部分があります。


その人は「面倒だから信頼できる和牛のみでいい」
「100%安全じゃないものにお金を払うなんて、キチガイ沙汰だ」
「稼いだ金で、毒物かもしれないものを買って食えと言うのか」

というようなことを書いていました。
そして、後の世代に危惧を抱いていました。


誰だって危険なものよりは安全なものが食べたいだろうし、そう願うのはおそらく当然なのだと思います。


ここで私が心に残っている文章を紹介しましょう。

『責難は成事にあらず』

どこに載ってるのか、結構バレそーですが(´−`)


全然頭に残っていない言葉だったのに(そりゃそーだねー、くらいの)、つい最近読んでハッとしました。
そうしてようやく、なるほどなと理解できたのだと思うのです。

人や物事を否定したり、責めたり、非難することは、何かを成すことではないという意味です。


平たく言うと「ダメって言うなら改善策を提示しろ」ってことなんですけど、プレスしすぎですねこれは。


話を戻しまして。
その人の日記には、否定的な言葉と今後への危惧、そして改善策?と思われる文章が綴られていました。

(先に断っておきますが、たかが日記であり単なる感情のぶちまけに過ぎないと言えばそれまでで。
常にいちいちこういうことを気にして他人の日記を読んだりしてるわけじゃありません)


先の言葉に則って考えるなら、
否定をしても今後を気にかけても、具体的にこうしなければという提示がなければ大して意味を成さないのです。

改善策?は現実的なものかどうかも気になります。


信頼できる和牛のみとは、どういう和牛なのでしょう。

どういう基準で信頼されるのか、アメリカとの関係性の中でどのように安全性を確立していくのか、答えられるだろうか。


100%安全なものとは一体何か。

信頼できる食べ物=100%安全では決してありえない。
そこに気づいているだろうか?

例えば全国で唯一無殺菌牛乳を販売している業者があるけれども、その業者が「信頼」を勝ち取るために何年の歳月をかけて「結果」でもって証明してきたか。

それもまたあくまで積み重ねであって、信頼を得て現在に至るまで品質を保っているに過ぎず、常に殺菌が混入する可能性と闘っている。

それは「信頼」できても、「100%」ではないということ。

「これまでの100%」は「これからも100%」ではないという現実の厳しさ。


それでも、100%安全でなければお金を払う価値はなく、払うのはキチガイなのだろうか。

何よりも、ハンバーガー等のファーストフード業界が今も勢力を伸ばしているという現実があって。

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12月15日(木)
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