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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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鼓舞する惑星、ブレイブマイフェイス、
(My Brave Face / Paul McCartney 1989 を聴いて10か月赤ちゃん女子の動く笑顔とよだれを思い出してももう泣かない)
18んとき風切って歩いた天才のカレがなんでWHO脱退しないといけないのとつぶやく、When I'm Sixty-Four
My Brave Face / Cymbals from That's Entertainment 1999
ポストパーフリピチカートまたはXTC、たっぷりの果実で秋晴れにゴー、わたし果実?、
やってらんないよ、気持ちはおんなじさ、日本共産党、れいわ、参政党と投票先は変遷した人生だったけれども、向こう側のとしおパパとずっと会話できてるさ、あいつらわかってないんだよ、わたしらがわたしらを持って未来を託すこと、WAR IS OVER IF YOU WANT IT
90年代、アナスタシアとウラジミールメグレがタイガの森で出会った頃、ハンガリーの50歳過ぎのおばちゃん作家アゴタ・クリストフの処女作「悪童日記」(邦題)原題は、大きなスケッチブック、とか、そんな感じの。
それと、旧ユーゴスラビア育ちのエミール・クストリッツァ監督作品「アンダーグラウンド」。
この時代はネットもないし、陰謀論という広告代理店用語もなかった。
悪童日記の主人公の双子兄弟が互いに、「僕たちは日記に知っていることだけを書こう。」という場面がある。
この2作品は発見でしたー。
第二次世界大戦中ナチス侵攻に対抗するレジスタンスが地下拠点を作り、そこで武器も生産し地上活動部隊を支援。続いてドイツ降伏後連合軍のソ連が侵攻し、対ソ連レジスタンス活動に変わり、ソ連崩壊後のユーゴ内戦になり、、一方レジスタンスの地上部隊は外の情報を一切地下組織には伝えず、武器工場を個人の利益にしていた。やがて地下拠点から地上に出た人は内戦〜NATO攻撃の戦火で破壊された街を観て第二次世界大戦が継続していると思う。
ラストシーンは海に上の地面にたたずむレジスタンスの地面が2つに割れ4つに割れて、小さくなっていく場面で終わる。
地下工場で民族の伝統の祭りをやってるシーンがある。少女がスラブの民族衣装の白いドレスを着て、天上からワイヤーで吊るされて飛ぶシーンがある。
パリのアールヌーボー期を経て、母国伝統回帰をしたアルフォンス・ミュシャの「スラビア」という絵と同じ格好。
青山学院中等部の運動会は明後日へ雨天順延でございます、
うたた夢、アニキと夜道をドライブ、視界が真っ暗になる、いくら目を凝らしても、手探りでウインカーたててブレーキをかける、
企業の政治支配が少なく見積もっても一九世紀末からの常態であるなら、アメリカにおけるポピュリズム運動は、このデフォルトの状況に対する発作的な反作用であるかのようにも思えてくる。それは、 民主主義の危機どころか、むしろ企業の政治支配によって 窒息させられた民主主義の再生の希求であるようにすら見えなくもない。
若林恵
世界 2005.9 岩波書店
連載「午前1時のメディアタイムス」第6回ポピュリストたちの夢の跡
10月11日(土)
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