ID:7590
Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■あたしが死んでも / コレサワ 2021




あたしが死んでも / コレサワ 2021

すごいラブソング、なにげにふかかよ、




お気に入りプレイリストに、

A VIRGIN In Your Area / A VIRGIN 2022

トラックを入れてたしかし音源ファイルはまだ入手してない、編集CDRや USB500に入れられない、わん、わん、どっかでCD買いたいのだが、脳内プレイリストのままでいいかしらん、

ごよ、A VIRGIN のファーストアルバム2020、知らなかったー、
https://avirgin519.bandcamp.com/album/a-virgin

A VIRGIN インタビューよんで、オレ、タトゥー入れたくなっちゃった、お金ないはムリなのね、




昨夜NHKテレビで特集フォーク、岡林信康、三上寛、小室等、西岡恭蔵の曲、ならぶか?、




マイナカード、ポイントすぐにロングピースカートンにヘンシーン、
本人認証にパスワードとか、定期的に変更推奨とか、原始時代かよ!、
ICチップ埋め込みも一案なりね、世界制服ちゃん、
https://news.yahoo.co.jp/articles/bcf9f29b8202428e1eb5cdcaaf0644aa439d1ed4




京都FM青葉市子FLAG radio、魔法少女でいられるのは、すでに世界征服ワールドツアー、波照間島ホーム、青葉市子はシガーロス土壌から、音楽家梅林さん選曲なるほど新鮮に受け入れられるようになりにけりちゃちゃのり箱、



Descendre
Terje Rypdal
1980

ディッセンドレ幻想、オホーツク幻想、サハリン幻想、なにそれ、

ECMというビューティフルなレーベルがありまして、それ40年前からずっと、
ジャズの名門レーベルECM、それ20年前に記述されて、でもね、

テリエリピダル、ディッセンドレ、異色に輝くようなジャケ、眩暈、鮮やかな、高田馬場ムトウECMの館の暗がりからたちのぼる幻影、

シンセは最先端ではないよね、このペットはジャズとしてどうよ、何も起こらないわよ、

ではなに、ジャズの本質とやらはどんなもん、クラシックの拠る石畳みとやらは、テリエリピダルギタリストとしての土壌、それらをマスターしなければならない、とか、半世紀もさまよい、挙げ句に、

育つまえに素手で掴んでしまうもの、は、やはり不変なような気がする、





果てしなき夢を翔ぶ
真のフュージョン・サウンド

前作で2001 年を翔んだテリエの新作は、よりしなやかに、 よりおおらかにより鋭く、理想のサウンド (ジャズ、ロック、ポップスを巻きこんで)を求めて夢の世界へん翔んだ!

テリエ・リビダル ミステリー・マン


翔びすぎ、ちゃう?

前作で?
1979: Terje Rypdal / Miroslav Vitous / Jack DeJohnette (ECM 1125), with Miroslav Vitous & Jack DeJohnette

1979年時点で2001年へ翔んだのか、22年翔んだのか、





HAPAX II-1

世界的な反乱が呼びかける
生と政治の新たな転換点

「脱構成」とはなにか
標的は「制度 (insutitution)」 である。
よりよい制度のために闘うのではない。 制度そのものをしりぞけること。 それが「脱構成 (destitution)」 である。

以文社 2023


ラテン語の Destituere は次のような意味である。

別にして置く、離して立たせる。 見捨てる。

脇におく、置き去りにする、取り除く。 失望させる、欺く。 構成のみぶりが争奪だとすれば、脱構成に固有なみぶりとは退去である。 脱構成の論理にしたがえば、反国家反資本闘争は何より、 闘争のなかで資本主義的な規範性を感じとりそこから退去すること、

自己他者・世界とのくだらない関係を経験し そこから逃げ出すことにおいて、 意義を有している。 したがって、構成的なものは、支配して占有するものとのあいだに

弁証法的な闘争関係を築くのだが、それにたいして脱構成の論理は 生の必然性にしたがって闘争関係から解き放たれるのだ。 脱構成の論理は闘争を放棄することではない。 それは闘争の実定性に密着している。

——不可視委員会



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10月16日(月)
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