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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■Charlie Parker Plays Cole Porter 1954




午前11時銀座7丁目リモアに長蛇の列、カバン屋さん?、知らない、



おこもさん、て、はじめて聞く、乞食のかたのこと、かわいい、



黙示録 The Revelation
原田真二

後奏もちろん大切、ぼくは誰だろう、きみは誰なの、



レオのうた
弘田三枝子
幼少期にこのヴォイスに満たされた世代は幸福、ごーごーマコちゃん、すきよマコちゃん、



BLUE LAGOON
高中正義
胸打たれたのは21世紀に入ってからよ、ファミレスのトイレでわんわん鳴った途端に視界は80年代に変わってしまうパワーちゃん、動画ギター弾く名人ぶり拍手拍手、





アイコンタクトや身振りを同調させてゆくコミュニケーションのかたちをネットで手軽に「観て聴ける」時流にされて、薄くなっていって最期の時に至った。ペレストロイカは滅びに手を貸すのが宿命。相場は決まっていた!

いずれにせよ間違いないのは、自律した教養ある近代的個人が消滅するということ。主体的人間の滅亡! そこで欲されるのはやはり異界でしょう。

片山杜秀せんせいレコ芸告別の辞、より、


90年代から四谷いーぐる連続講演会、マリクレールの黒田恭一、FMファンの片山杜秀、マガジンのマークラパポート、ジャズ批評の福島恵一、ウェブの嶋田丈裕、英WIRE年間ベスト50、ディスクユニオン手書きポップ、を聴いてきたわよわたしたち、

皆川達夫せんせい、青木和富せんせい、無線と実験のジャズ選盤、FM悠雅彦ジャズトゥナイト、ミュージックバード大里俊晴越境するジャズ、

いまは、友だちからのハイコレ物件、音楽カフェ、


札幌地下街オーロラタウンのレコードショップ玉光堂でマンダラバンドとホールアンドオーツと細野晴臣はらいそかかるなか、オペラ座の夜を買った、のが、運の尽き、





Charlie Parker Plays Cole Porter: The Genius Of Charlie Parker #5
チャーリー・パーカー
1954

いやオレはそこまではわからないなー、などとスマホ鳴らしてはじめて数ヶ月前に聴いた、のだ、

が、

CDかけて、へらへら鳴らしていたら、こんなヤバい表現の域があるか、まわりの演奏はそのとおりだとして、パーカーのサックスが骨折しながら痛みに平然とこらえようとして歩み、歩みきれてないような、なんやこの痛みは、コトバは、

牧野直也、後藤雅洋、が、指摘するように、というか、二人がどう記述したのか、またパーカーにどのような背景があったのか、憶えてない、知らない、初対面で出会った相手の表情口調トーン温度ですぐにわかる、類いの、コミュニケーションの初歩にあるアンテナというか、

今日、まいった、ぜ、まいったぜ、ちゃちゃ海苔箱、

早稲田の矢吹町を走りながら、




吉田さんのお別れの会(二〇一二年七月九日、サントリーホール)で上映されたヴィデ オのなかで、吉田さんが和歌山にある自分の祖先の墓のことを話されていて、自分はあの文化的環境のなかから生まれ、生き、仕事してきたのだ、というようなことを語っていた。 「あの文化的環境」もちろん空海の高野山から南朝へ、南方熊楠の民俗学へ、そして中上健次の小説へと連なる日本文化の一番謎めいた場所のことだ。日本という制度が排除し、排除しながらも一番肝心なところでは自らの隠れた支えとしてきたものたち。熊野の自然は(そのほんの片隅を経験したにすぎないけれど)、決して威圧的ではなかった。そこ にあったのは、私という存在を圧倒するような深く暗い森ではない。それはどこか明るく、軽く、開かれている。私はその風通しの良さに深く息をし、そしていつの間にか自分の痛みも悩みも淡くなり、さらには自分が自分であることも薄らいでゆく。

伊東信宏
















09月26日(火)
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