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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■リスニングイベント『松籟夜話』第五夜!
この日曜日は、月光茶房(表参道)併設「ビブリオテカムタツミンダ」にて、
リスニングイベント『松籟夜話』第五夜がある。
日時:2016年2月7日(日)18:00〜(21:00ごろ終了予定)
料金:1500円
会場:Bibliotheca Mtatsminda(ビブリオテカ・ムタツミンダ:青山・月光茶房隣設ECMライブラリー)
東京都渋谷区神宮前 3-5-2 EFビルB1F
このイベントに出かけて、耳の身体が変容することばかりだ。
前回の曲目はこれ■
それよりも「来場御礼」■を読んでみると、まざまざと当日の感動がよみがえってくる。
そうそう、ドネダを再発見というか、津田さんと福島さんの交流も忘れられない、
第一夜「来場御礼」■
ナビゲートする二つの耳の個性が、音楽批評と演奏家、50代と20代、異なる場所から手を伸ばすほどに微細な天体観測のように、
おいらもね、日々図書館めぐりをしてたくさんの音源を耳にしている、未知の音楽に新たな感動をすることはある程度聴く量によって積み上げられるもので、新譜は新譜ならではの価値があるなあ、とか、時系列に進化したり特化したり奇形になったりするものだなあ、とか、まだ奏でられていない音楽の領域はあるなあ、とか、思うわけだけれど、
耳の身体の変容、これは何とも言いようがむつかしいところだが、まだ言葉が与えられていない聴取体験について、示唆と手がかりを得るというか、新しい言葉遣いが要請されているとも言えるし、聴取体験の直感や兆候の把握は言葉より速いわけだ、さて、わたしたちはどう言葉に反映させることができるのだろう、
スピーカーもいいのだな、同じ音源を持っていたとしても、このサウンド空間にはできない、
誰かと一緒に音楽を聴くときに、まだ言葉を交わしていないそのひとの聴こえが、共感できてしまう体験というのがあるのだけれど、これまた空海が密教の伝授に経文では無理だと言うのみたいで、意識は個人の身体や言葉を超えているんではないか、と、まあ、つい、余計なことを書いてしまっている、
オルークの耳を借りる 『松籟夜話』第五夜に向けて
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02月05日(金)
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