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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■動物に例えると「ネッシー」です






来月の赤字脱却のために、うまいぐあいに車夫任務は繁盛するのであった。CD聴いたり、ドライブしたり、アイスコで一服したり、たかねのざる蕎麦大盛り食べたりして、まるでおれのためにあるような仕事ではないか。

チャリでいろんなルートを作ったように、中央区千代田区港区の見知らぬ夜景をループ&ループ。

きよりんが大ウケらしい。

多田雅範を動物に例えると「ネッシー」です。不思議な性格。人とズレていることが多くある個性的な人。よく判らない、と人に言われるが、自分でも自分がよく判っていない。「ウサギ」の人と相性が良い。

「あなたを動物にしてみた」 


小学館のどうぶつ占いはよく当たっていたよなー。おれは「金のたぬき」。


不意打ちに聴く。

Egberto Gismonti - 7 An醇Pis - Live @ Teatro Bradesco - BH 2014 [Musical Box Records]


秋田から19さいの「ピアノはジャレットよりもジスモンチのほうが好き」というかなり美人な女子が東京のわたしの部屋に遊びに来た。86年には、それは稀有なことだった。めぐちゃんといったかなー。


Arve Henriksen @ Mengi, Reykjavik 27 March 2014



思いっきり一人ECMファンクラブをやって余生を過ごしてもいいのではないだろうか。


福島恵一の批評を、今一度ジャズリスナーは考え直さなければならない。


”「Wynton Marsalis以降のジャズ史が描けない」というのは、フリー・ジャズによる切断を「新伝承派」というフィクションで糊塗し、ロフト・ジャズ・シーンにおいて、あるいはヨーロッパの即興演奏シーンにおいて進められたポスト・フリーの探求を一顧だにしないからではないか。”


 ブラック・ミュージックに軸足を置いたスタイル変遷史としての「ジャズ史」が行き詰まっていることを思えば、「始まりとしての『ブラック・ミュージック』としてのジャズ」と「現在の帰結としての『世界音楽』としてのジャズ」の比重配分を逆転した、「反転したジャズ史」を思い描くことは可能であるし、また、必要でもあるだろう。たとえば『Jazz The New Chapter』の巻末にオマケのように添えられた「The Newest Map of World Jazz」を拡充して主軸に据え、黒人性の顕著な噴出を時代的・地域的な特質としてピックアップする構成が考えられる。たとえばHorace Tapscottや彼の率いたPan-African Peoples Arkestraは、Beaver HarrisらによるThe 360 Degree Music ExperiencesやLuther Thomasを担ぎ出したCharles Bobo Shawらの動き、Juma SultanのAboriginal Music SocietyやThe Pyramids等のIdris Ackamoor周辺の達成等を横断的に結びつけ、さらにSun Ra ArkestraやPhilip Cohranらの営みに遡る一方で、現在まで連なるAnthony Braxton, Leo Smith, Henry Threadgill, George Lewisらの試みを別のかたちの発露としてきちんと押さえていくといったような。

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09月04日(木)
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