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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■今日はけんさんと2度目の月光茶房オフ


となりのアパートの二階に住んでいる古い日産ダットサンを乗り回すヤクザな初老のおじさんを3ヶ月ぶりに見かける。2月の大雪に駐車場からクルマを出した時点で立ち往生したときに、タバコをくわえながらタイヤの下にバスタオルを敷いてガッと押して脱出させてくれた恩人。いきなり歩き方が、杖つく直前の老人モードになっていた、その変貌ぶりに声かけできなかった。

今日はけんさんと2度目の月光茶房オフ。ハイドンのレクチャー予定。おれにもジャズのなんたらをレクチャーしてほしいと頼まれたが、そんなのできないよ編集CDRしかできないよと言っていた。最初の月光茶房オフが、失業したての4月8日だったな。長兄とちひろさんに、就職のご報告もかねて。次兄もかけつけてくれて。こないだのタダマス13でお会いしたECM達人のお二人もお越しくださることに。

息子さんが亡くなってときいていた。29歳で、末期の肺がんで最期は脳に転移したとのこと。タバコは吸っていない、治療は進行を遅らせることだけだったと。手をあわせて月並みな言葉しか言えなかった。どんなにか無念なことだったろう。息子さんもお父さんもお母さんも。


月光茶房の金曜の夜を、5にんで貸し切り状態に。

アン・ガスリーというアーティストのアナログが気持ちいいのにまいる。これまた何が気持ちいいのか語れないでいる。フォーレコと楽器演奏による構成、とは、何も言っていないに等しい。

所作、身振り、感情、表情、・・・それはヒトに模しているからチガウわ、響きは何を現しているか、「現す」?表現?人為的な表現の自由はうっとおしい。として。

光が丘公園にいて遠くでホルンの練習音が聴こえていてママチャリのブレーキの軋みとか少年野球の歓声とか遠くで爆竹が鳴ったりグライダーが飛んでいたり廃棄物処理場のうねりが聴こえるようであったり、そしてふと足を組みかえる自分のズボンの擦る音が心地よくマッチしたり。

すべては偶然なのに動かし難い必然が続いているような感覚。

公園でぼーっとしているだけじゃん。

楽器はひとが演奏していると認識しなくても別にいいではないか、と、枠をはずしていたっけ。

羊蹄山を見上げて、真狩村。町の中心に小さな公園があって細川たかしのモニュメント、ボタンを押すとヒット曲がかかる。それが周囲の広大な物音と混ざって響いている。日本じゅうにあちこちマイクを立てておいて、グーグルマップでクリックするとそこのサウンドが拾えるようになっていたとすると、真狩村も拾えるだろうし、高野山の声明も新宿ピットインの外の音も拾えて、乱数で構成するといいよなあ、それでも、このアン・ガスリーには届かないよなあ。

やばい。そんなことを考えていたら、早朝の田柄通り沿いのアパートに部屋中に届いている音が非常に気持ちいい、ちょいと耳の焦点を冷蔵庫のうなりや通りのタイヤに合わせてみたり、焦点を外して耳を開放したりするとこれまたドラマチックに気持ちいい。

こういう感覚はヨーロッパでもイギリスでもイランでもないような。中国の音楽も韓国の音楽もよく知らないが。仏教?といっても日本のか。神道は無音ぽいかな。


Anne Guthrie - Branching Low and Spreading


Anne Guthrie - Rough Above With Uneven Base





Asmus Tietchens - Den Stiftsherren


ASMUS TIETCHENS Negus



The Art of Tanbour Part I : Exploring the Music of Ostad Elahi (1895-1974)



ابوعطا - کمانچه نوازی استاد لطفی



Asil Music - اساتید هوشنگ ابتهاج،محمد لطفی




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05月30日(金)
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