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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■『沿志奏逢(そうしそうあい)』の価値・ユーミンの『VIVA!6×7』は「買い」である
あらら、日記すら更新できないー。

ゴリエが「Mickey」で踊るシーン、や、ハルカリの秀逸な映像センスに横溢した「ベイビーブルー」(これなんと、BOΦWYのカヴァー!)、や、
山本晋也監督?が意味不明なドラマを演じるアジカンの「君の街まで」、
の映像がかかると、職務を放棄して秒速80センチで液晶プラズマまで向かい、大画面で鑑賞するのを日々の愉しみとしているものです。

しかし、ハルカリ。目が離せないセンスをしている。こういう才能を天才というに相応しいと思う。たまらん。プロモ映像を集めたいぞ。

このところbank bandの『沿志奏逢(そうしそうあい)』ばかり聴いている。
このCDはまったくもって静かな嵐と言えるような、生活に侵食してくる作品だ。気がつくと何度もリピートして運転している。このCD、決してミスチル桜井くんの余技ではなさそうだ。

中島みゆきの「糸」と自作の「Hero」が続くあたり、あまりにも大きく、泣ける。
告白すると、中島みゆきの歌の偉大さを骨身に沁みたのは今回が初めてなんですー。

・・・と書いていると、師匠から入電。
ユーミンの新譜『VIVA!6×7』は「買い」であるとの指令を受ける。
「はい、尊師さま、そう指令があると直感し、購入しておりました。」「うむ、よかろう。」
師の耳は確かである。ジャズでも歌謡曲でもプログレでも現代音楽でも、判断の間違いがない。驚くほどに、ない。

『沿志奏逢』って、どうしてこんなに良いんだろう。聴くたびごとに良くなってゆく。
それは、「こんなふうにカヴァーして、(表現を)聴かせてやろう」という顕示がみじんもないところにある、と思う。
他人の曲をカヴァーするのに、力みや衒いがない。
桜井くん個人が、その曲と出会って想い描いた感情をそのままに映し出している、そういう歌い方であり、それが「伝わる」、歌唱なのだ。
中島みゆきも岡村靖幸も大貫妙子も井上陽水も、その個性すらも消し去ったのちに立ち上がる“歌のちから”、を、桜井くんはここに示せていると思う。
これはちょっとすごいことだと思う。

自分の歌い方だけで御満悦にひたる小田和正さんとの違いはそこにあると思う。また年末だから、やるんだろうなー。
歌わせていただきます、という言葉づらとは裏腹に、おらおらオレさまが歌ってやってんだよ!、こうやってー!、わかるかなー?この有り難味がー、この小田和正さまが歌ってあげてんだからさー、ちょっとゲストに来てさー、ひれふしてぼくの足のつま先でも舐めてくれてもばちはあたらないよねー、それにさー君たちのライブでもぼくの歌を歌いたい、と、まーそこまで言うんだったら、まっ、構わないつーか、内心歌えよ!、てな気持ちは、まー視線と事務所への圧力でわかってもらうとしてー、ま、おれくらいにならないと関口宏の気持ちはわからない、って。え?ああ、まあ、わたしはJポップ界の関口宏ですからねえー。<小田さん、アナタはJポップの領域には入っていないんです!

それはさておき。

桜井くんたちがbank bandとして果たしている役割というのは、“Jポップのスタンダード化”という事態である。
好きな曲をカラオケではみながそれぞれに好き勝手に歌っているように見えているけど、じつは情報操作されてて画一化しているのである。
桜井くんは、こんないい曲もあるんだよ、とは言わない。そんな押し付けがましいことはしていない。
すでに述べたように、歌のちからを示している。これは彼のフェアープレイ精神とも、ミュージシャンシップとも、言えるかもしれない。
あえて言えば、倫理、だろう。

『沿志奏逢』のすごさは、演奏の良さ、アレンジの的確さといったサポートの部分も主旨に沿っているところだ。こういうのはなかなか文章では伝わらない。親密に聴いてほしい。この演奏のように、仕事をしたり生活をしたいと思わせるところがある。


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11月20日(土)
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