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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■日本チャーリー・パーカー協会会長の辻真須彦さん
チョコの獲得数、ゼロ!史上初の快挙だ。世界におんなはおらんのか!
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ミュージックバード『ジャズ道場破り』を聴く。
日本チャーリー・パーカー協会(そ、そんなものがあるのかー!)会長の辻バードこと辻真須彦さん(71)、が、寺島靖国さんの番組に出演。
辻さんは、チャーリー・パーカーの研究・活動を通じて、カンサス・シティの名誉市民にもなっている。
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この71歳の辻さんは、極めて明解なジャズ観を闊達な口調で話す。
「スイング・ジャーナルの編集方針はチャーリー・パーカーに反しているんですよ。」
「まだチャーリー・パーカーが死んで50年です。ほんとうに偉大な音楽家というのは、百年というパースペクティブで見なければなりませんね。たとえば人類の遺産と言われるバッハが書いた『マタイ受難曲』でさえ、150年経ってメンデルスゾーンが初めて演奏することによって見出されたわけですし。」
「(若い演奏家が)コルトレーンというのは、行き詰まります。モードというのは、そういうモンです。モードをやる、ということは、パーカーを捨てる、ということになりますね。これから世界的に、パーカーの理解が進んでいきますよ。」
「言っていいですかね。これ、放送するんですかね。・・・ジャズという音楽形式は、すでに歴史を終えているんですね。クラシックで言えば、バッハのバロック様式からモーツァルト、ベートーベン、ハイドンといくつかの峰を越えて、終わってしまっているんです。ジャズもこの100年の間にいくつかのピークを越えて、終わっているんです。その、終わった形式を、再現する芸術としては、クラシックだってバロックだって残っているわけですよね。ジャズも、再現にほとんど近い時代です。前のひとの作った形式を乗り越えて、新しい峰を作っていく時代ではもはやなくなっている。絵画でもそうですね、いろんな時代があって。ジャズも音楽の一形式としては、終わっている。ジャズじゃない別の形式を考えるのならある得るけども。ジャズはどこへ行くかというと、クラシックと同じ立場になるんですよ。」
「歴史というのは、残るのはただ一人なんです。歴史というのは横暴なものなのです。そうして人類の芸術は進んできているんです。チャーリー・パーカーがジャズの創始者です。簡単に言えば、ボキャブラリーと文法という、意思を疎通させる体系を作ったわけです。コルトレーンがモードという峰を、作ったわけですが。ジャズをジャズたらしめるのは、チャーリー・パーカーです。」
「ぼくは現状のジャズにはまったく希望を持っていません。ぼくが期待するのは、再現芸術として、チャーリー・パーカーと同じフレーズで同じ音色で吹ける人間が登場することですね。」
「これからの人類にとっての新しい音楽というものは、おそらくコンピューターとネットワークといったところにあるでしょう。」
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どえー!まったく過激、ラディカル、なんつう理解の到達。
恐るべし日本チャーリー・パーカー協会。
会話の断片では、その一部しか紹介できないけども、すごくよくわかる感覚でした。ジャズを聴きはじめて数年して後藤雅洋さんの著書からチャーリー・パーカーを聴いてからというもの、モダン・ジャズを全部省略してしまえて、60年代後半からの音源をことさら楽しんできたぼくには、もはや、微塵の差異にこだわっててごめーん、と謝るしかなく、反論のしようがないです。
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そして、上記の辻さんに対する寺島さんの会話は、筆舌に尽くせないほど見事に曲解をしている。これがすさまじい。
チャーリー・パーカーを聴いてサックスを始めた矢野沙織(17さい)の演奏をかける。とてもほほえましい演奏だ。だけどどこにもパーカーらしさはみじんも感じさせない。演奏も音色も、これ以上のアルトは500人くらいいる。それを、「彼女の演奏はですね、チャーリー・パーカーよりもチャーリー・パーカーらしいんです!」と、ジャズ評論家の寺島さんが言う。これは、ちょっとまずいと思います。
論争になっていない「この白熱した論争はまた次回の放送で」ということだ。辻さんの発言、続きはどんなんだー。
かかった曲は以下のとおり。
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02月14日(土)
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