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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■寺山修司のラジオドラマ『さらばサラトガ』・キース・ジャレットの『生と死の幻想』・チャーリーヘイデン
ケータイの着メロで、ミスチルの新曲「PADDLE」の音骨格だけを聴く。春はもうすぐ。
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寺山修司のラジオドラマ『さらばサラトガ』がCDになっている。
仕事に出かける前の夕刻に、薄暗くなった部屋で電気ストーブにあたりながら、『さらばサラトガ』を聴く。
サラトガとはサラブレットの名で、主人公の父親の存在となって登場する。
昭和42年の作品。
故郷に向かう意識。
蒸気機関車の汽笛、と、鉄道を進んでゆく構成された金属音。
「誰か故郷を想わざる」(作詞:西条八十、作曲:古賀政男、唄:霧島昇)が雑踏でかかる。
高橋竹山の三味線が、日本の原風景といった概念をまとって、そこにあったものとして、鳴る。
部屋の電気ストーブが、冬の北海道にあった石炭ストーブの熱に感じられて、外には雪景色が広がっているような錯覚に陥って、このラジオドラマが放送された時代に、ぼくはこれを聴いている。石炭ストーブのうしろに高橋竹山が座っている。
競馬が人生に似ているのではなく、人生が競馬を真似ているのだ、とは、たしかに寺山の有名なセリフだ。
おい寺山、人生って、そんなもんか?
競馬は、一瞬というものが永遠の価値があるということを伝えてくれる出来事のひとつであるが、数字に魅せられていることもあるし、金持ちも浮浪者も若者もじじいも同じ事象に釘付けになる事態から、人生を過ごすにカミさんや子どもや仕事や趣味からも離れて、人生のなりゆきにかまわず常にそこにあるものとして存在している。・・・あれ?それじゃ故郷の山河と大差ないか。・・・あ、大差あるよな。
競馬場に行くと、自分のいろんな人生のシーンとともにいるような気持ちになる。
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ぼくが毎週のように府中競馬場に通っていたのは、長女が生まれた88年から、小沢健二が『LIFE』をリリースした95年までの時期だった。
長女が生まれた1988年3月25日は、たしか高知学芸高校の修学旅行生が中国の上海郊外で列車事故があった日だ。
(修学旅行生193人中、生徒26人と教師1人が死亡、5人が重症、41人が負傷・・・73人死傷、という惨状だった)
その日に、ぼくのオーディオ装置に並んでいたのはキース・ジャレットの『スティル・ライヴ』2枚組(ちょうど国内盤の発売日だった)、ウイントン・マルサリス、オーネット・コールマン、ヘンリー・スレッギル、ワールド・サキソフォン・カルテット、ジョン・ゾーン、ジョン・ルーリー、あがた森魚、友部正人、XTC、レベッカ、だった。
馬券が当たると、立川のWINSへ行き、立川のディスク・イン(新星堂)でジャズのCDを買った。ユニオン新宿店よりも六本木WAVEよりも、輸入盤が充実していた。かなりの目利きが仕入れているのが、店内のディスプレイで一目でわかった。当時は、ヘンリー・スレッギルのことなんか、誰も騒いでいなかったぞ。一部のジャズファンと悠雅彦さんだけだった。
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わたしがボーッとしているときは、名盤の脳内再生をしていると思ってください。
キース・ジャレットの『生と死の幻想(The Death and The Flower)』(Impulse)、このタイトルを読んだ時点で、わたしの脳内で再生ボタンが自動的に押ささってしまいます。どっどーん、ちりーん。チャーリー・ヘイデンのベースでなければこんな世界は作れないです。
『生と死の幻想』とくれば、『残氓(ざんぼう)』『心の瞳』。
オーネット・コールマンとキース・ジャレット、決して共演はしなかったが、チャーリー・ヘイデンとポール・モチアンの軌跡を辿れば、そこには音楽の水脈が現れ、ジャレットが果たせなかったこと、モチアンが続けたこと、ビル・フリーゼルの導入で現れたもの、などが、浮上してくる(たぶん)。
こないだ「チャーリー・ヘイデンがいちばん好きー」というジャズファンというかECMファンというか、若者と話がはずんだ。
「オーネット・コールマンとチャーリー・ヘイデンのデュオ『ソープ・サッズ』、いいですよねー」
「いいよね。ヘイデンのデュオ・シリーズの2枚『クロースネス』『ゴールデン・ナンバーズ』、さいこー」
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02月12日(木)
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